… 最初の恋 … 6






直―――………



それはすごく優しくて暖かい。
昔から知ってる。
穏やかで強い声。
大好きな恭介の声。


その自分の名前を呼ぶ声と頭を撫でられる感触に目が覚めた。
ゆっくりと目を開け、自分の頭を撫でている手の持ち主を探す。
探し当てた視線の先にはネクタイを締め、優しく微笑む恭介がいた。

なんで、ネクタイなんて締めてるんだろう?
今日は土曜日なのに。


「…なんで、ネクタイしてんの…?」

まだ、ぼーっとしたままで尋ねた俺に恭介は困ったような顔をした。

「今日は休日出勤なんだ。ミーティングだけだから夕方には帰れると思う」


ふーん、休日出勤か。
社会人て大変。
て、えっ!?ちょっと待って。
俺、昨日、恭介の首筋に。

自分が付けたキスマークを思い出した俺は急いで起き上がろうとした。

「…っ!」

が、腰の鈍い重さに俺の動きは途中で止まった。

キスマークどころか俺昨日、恭介とHしたんだ…
そのことを思い出した途端、昨日、恭介に囁かれた言葉までが頭に蘇ってきた。



―直は、直の中は最高だった―



「急に動くな。まだ、辛いだろう?」

恥ずかしさに固まってる俺の頬を恭介の手が撫でる。

「…大丈夫…」

思わず視線を逸らしてしまった俺の額に恭介の唇が優しく触れる。

「お早う。って言ってももう、昼近いけどな」

額へのキスの後、微笑みながら言われ頭をくしゃと撫でられる。
でも、今まで嬉しかったことは今日の俺には少し物足りなかった。

「…ねぇ、キスして」

「しただろ?」

俺がして欲しいキスが何か分かってるくせに。

「おでこじゃなくて口にして」

俺のお強請りに恭介の指が俺の唇をなぞる。

「駄目だ」

こんな誘うようなことをするくせにずるい。

「なんでっ?」

ムカついて拗ねたような声を出した俺に恭介は微笑んでる。

「お仕置きだ」


お仕置き…?


「…俺、何かした?」

覚えのないことを言われ俺は不機嫌な声で聞き返していた。

「これは誰が付けたんだ?しかも、こんな隠れない処に」


あっ…忘れてた…


「…だって」

キスマークの存在を思い出し改めて恭介を見る。
それは恭介の言う通り隠れない処に付いていた。
て、わざと隠れない処に付けたんだから当然だけどね。

でも…

ちょっと失敗かもしれない。
だって、俺のモノだって主張する為に付けたのに何かキスマークを付けてる恭介は
ドキッとする程色っぽくて。
これが女の子が言う大人の男の色気かってモノを振り撒いてる。

なんか、複雑…


「…なんか、やらしい」

俺の思い通りどころか益々、恭介がモテそうで俺は少し落ち込んでしまった。

「いやらしいか。そうだな、昨日お前といやらしいことしたからな」

顔を覗き込まれて告げられた言葉に又、恥ずかしさが込み上げてくる。

「…オヤジ」

軽く睨み付けた俺に恭介は嬉しそうに笑った。

「親父でも何でもいいよ。こんなに幸福なら。有難う、直」

恭介にお礼を言われることなんて何もしてないのに。
真っ直ぐ目を見詰められて何処までも真剣な優しい声で囁かれて落ち込んでた心が
浮上していく。

もしかしたら又、転がされてるのかもしれない。
でも気持ちいいからしょうがない。
だって、俺が欲しいものを欲しい時に欲しいだけくれるのは恭介だけだから。

「…これ、どうするの?」

目の前にある恭介の首筋に付いてるキスマークを指でなぞりながら尋ねる。

「このままで行くよ。何か付ける方がわざとらしいだろ?それにちゃんと俺が
 お前のモノになった証拠だしな」

恭介は恭介独特の笑顔を浮かべてる。
俺は恭介と初めて会った時からこの笑顔が好きだった。

「朝食はテーブルに有るから。それと何か食べたい物はあるか?
 今日くらいは何でも我が侭を聞いてやるぞ」

恭介独特の笑顔から俺を甘やかす時の笑顔に変わる。
今日くらいって、いつも俺の我が侭を聞いてくれてるくせに。
恭介は俺に甘い。
でも俺だって今日くらい恭介の為に甘えてあげる。

「俺、もも苺食べたい」

もも苺というリクエストを出した俺の頭に恭介の手が柔らかく置かれる。

「分かった。買ってくるよ。他は?」

あんまり恭介の目が、声が優しいから、俺は少し寂しくなった。

「…他はいらない。だから早く帰ってきて」

恭介の肩に頭をつけ呟く。
それに答えるようにそっと抱き締められる。

「…悪いな、こんな日に仕事なんて。本当は今日一日ついてて
 やりたいんだけどな。なるべく早く帰るよ」

頭にキスが降りる。

「…うん」

そっと頬に手が添えられ軽く上を向かされる。
でも、やっぱり恭介が俺にしたのは額へのキスだった。
ちゃんと口にして欲しいのに。

「…ねぇ」

口へのキスを強請る俺に恭介は困ったように笑った。

「駄目だ」

「…なんで?」

諦めず強請る。
そんな俺に恭介は溜め息を一つ、ついた。

「今、お前とキスしたら俺が仕事に行きたく無くなる」


仕事なんて休んじゃえばいいのに。

頭に浮かんだことは口に出さなかった。
俺だって言っていい我が侭と駄目な我が侭があることくらい知ってる。

「もう、時間だな」

腕時計を眺めた後、恭介は立ち上がって濃いグレイのコートをはおってる。
そんな何気ない動作さえ恭介がするとかっこいい。


イギリス人みたいなさっぱりとした甘い顔に柔らかい印象なのに時々、仕草に
粗削りな野性味が現れる。
そんなアンバランスさが坂口さんの魅力なのよね。


「恭介って何でモテルの?」

そう尋ねた俺に真奈美さんは微笑んで教えてくれた。
その時は分からなかったけど今なら分かる。
何気ない仕草に男っぽさが漂ってくる。
恭介の付けてる香水だってまるで恭介の為に作られたものみたいに恭介の一部に
なってる。

「じゃあ、行ってくるよ。ゆっくり休んでるんだぞ」

見惚れていた俺に恭介はそう言うと額にキスをし出掛けて行った。
















独りマンションに残された俺はしばらくベッドでゴロゴロしてからシャワーを浴び
恭介が作ってくれたブランチを食べ、テレビをつけた。
土曜日の昼過ぎにやってる番組はどれも似たようなものばかりでつまらない。
何回かチャンネルを変えた後、タレントが旅行に行くという定番の番組に決めた俺は
グァムの綺麗な海に見惚れながらいつのまにかソファーで眠り込んでしまっていた。
その時の俺は昨日、俺と恭介がHをするきっかけになったチョコレートの詰まった
紙袋の存在なんてすっかり忘れててそれが消えてることにも気付かなかった。






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