… 最初の恋 … 2






恭介と付き合い始めてから毎週、金曜日の夜は自然と二人で過ごすようになった。
恭介の仕事の都合で今日みたいにバイト先まで迎えに来て貰えないこともあるけど
そんなことは気にならない。
だって、俺は女の子じゃないんだから夜道なんて平気だし、第一、毎回毎回、
迎えに来られるのもどうかと思う。


「恭介は過保護過ぎるよ」

毎回毎回、迎えに来る恭介に俺はそう言ったことがある。
でも、そんな俺の自己主張は

「少しでも早く、お前の顔が見たいんだよ」

という恭介の笑顔付きの一言で萎えてしまった。
だって、あんな笑顔でそんなこと言われたら抵抗する気力なんて無くなる。

恭介は卑怯だ。

俺を大人しくさせる方法なんて大人の恭介はいくらでも知ってて俺はいつだって
恭介の手の平の上で転がされてる気がする。
しかも、その手の平の上は居心地が良くてこのままでもいいんじゃないかと
流されそうになってる俺がいる。


流されそうになってる俺と抵抗している俺。

二人の俺はいつだって争ってて俺は時々、どうしていいか分からなくなる。














いつものように外でご飯を食べて恭介のマンションに戻って来た俺は恭介が
開けてくれたドアから先にマンションに入った。
ダイニングキッチンの電気をつけ、カバンをソファーに置き、
ミネラルウォーターを飲もうと冷蔵庫に近付いた俺の目に入ってきたのは
テーブルの上に置いてある紙袋だった。
無造作にテーブルの上に置かれているその紙袋からは綺麗にラッピングされた箱が
のぞいている。
そのラッピングの綺麗な色と数に心臓がズキンと痛んだ。


―忘れてた

バレンタインは俺だけのものじゃなかった。

そんな当たり前のことが浮かれてた俺の頭からは抜け落ちてた。

「どうした?開けないのか?」

冷蔵庫の前で扉を開けることもしないで立ち尽くしてる俺に近付いて来た恭介は
不思議そうに言葉をかけてきた。

「…あれ、何?」

何かなんて聞かなくても分かるのに。

俺は馬鹿だ。


「あぁ、会社で貰ったんだ。義理だよ」

俺の視線の先に気付いた恭介は困ったように笑った。


義理?

義理なんかじゃない…


きっと、20個以上はあるチョコのうち、見えてるのは4、5個だけど、
見えてる箱はどれも綺麗にラッピングされてて、男の俺でも知ってる有名な
チョコのブランドの名前やホテルの名前のリボンが付いてる。
義理なんかでこんな高価なチョコは買わない。
そんなの男の俺にも分かる。

心臓にトゲでも刺さったんじゃないかと思うくらい心臓が痛い。



なんで…

こんなこと、知りたくなかった。

誰も恭介を見ないで。

誰も恭介に触れないで――

だって…


だって、恭介は、恭介は…



「直?」

心配そうに俺の名前を呼ぶ恭介の優しい声も今の俺には辛くて…
俺はそんな恭介を見ることも返事を返すことも出来なくて、恭介の声を
無視してソファーに行き、カバンを掴むと玄関へ急いだ。

鼻の奥がツーンとする。
早く、早く。
泣かないうちに早く。
泣いちゃダメだ。

そう、思って玄関へ続く廊下を歩き出そうとした俺は恭介に腕を掴まれた。

「直、急にどうしたんだ?」

俺の腕を掴んだままで恭介が俺の前に回り込む。

「直?」

こんなことで泣いちゃいけない。
そう思えば思うほど、涙が滲んでくる。
泣きそうになってることを知られたくなくて俺は俯いた顔を上げることが
出来なかった。

「…俺、帰る」

やっとの思いで絞り出した声は自分でも嫌になるくらい可愛いげのない声だった。

「もう、11時を過ぎてる」

心配そうな恭介の言葉に余計、自分が惨めになる。
自分でも我が侭だって分かってる。
誰にも恭介を好きにならないでいて欲しいなんて、誰にも笑いかけないでいて
欲しいなんて、そんなことは只の我が侭だって分かってる。


頭では分かってるのに、心が理解出来ない。



「…帰る」

こんな子供の自分をこれ以上、見られたくなくて俺は早くこの場所から逃げたかった。

「こんな時間にお前を一人で帰せるわけ無いだろ?」

恭介の困ったような言葉にも俺は答えられなかった。

「…分かった。帰るなら送る。車のキーを取ってくるから待ってろ」

黙り込んだままの俺に恭介は一つ溜め息をつくと優しく言い、俺の腕を離した。
その恭介の優しさに胸が苦しい。
こんな俺の我が侭に本当は怒ってもいいのに恭介は優しい。
でも、その優しさも今の俺には子供扱いされているようにしか思えなかった。

「一人で帰れる。子供扱いしないでっ」

顔を上げて言ってしまってからハッとする。


――こんなことが言いたいんじゃない。

なのに…

一度、口にしてしまった自分の言葉に俺は自分を止められなくなった。

「子供扱いはしてない」

「嘘つき、恭介は俺を子供扱いしてるっ」

恭介の困った顔に俺は涙を我慢出来なくなった。

「直?」

溢れ出した涙と一緒にずっと気付かない振りをしてた不安まで溢れ出してくる。
恭介は俺よりずっと大人でモテるからきっと沢山の恋をしてきた。
沢山の人とキスをして沢山の人とHもしてきた。
きっと、あの人ともHをしてる。

なのに…

俺にはキスしかしてくれない。
今、恭介は俺の恋人で恭介は俺のものだって言ってくれる。
だから、恭介の昔の恋にまでやきもちをやくのはおかしいって分かってる。

けど…


「直、泣かないでくれ。お前に泣かれたら、どうしていいか分からない」

恭介にそっと抱き締められて何度も何度も頭を撫でられる。

「チョコのことを気にしてるのなら、悪かった。もっと、お前の気持ちを
 考えるべきだった」


恭介は何も悪くない。

きっと、今まで恭介と付き合ってきた人達はそんなことくらい笑って済ませる大人
だったんだと思う。
でも、子供の俺はこんな小さなことに不安になって恭介を困らせてる。
恭介に釣り合う大人になりたいのに…
いくら頑張って背伸びをしても恭介の背中は遠くて、遠すぎてどうしていいか分からない。






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