… 最初の恋 … 1






恭介の声が好きだと思う。
ううん、声だけじゃない。
俺の頭に乗せられる大きな手や、深い笑顔。
いつもは優しいくせに時々強引になるキス。
タバコを銜える仕草。
恭介の好きなところは数え出したらキリがなくて、俺はどうしていいか分からなくなる。


こんなに好き。


大好きなんて言葉じゃ追い付かない。

好き―


恭介がいれば何も要らない。
恭介と出会って俺は初めて、本当の恋を知った。
俺の本当の初めての恋。





































「3660円になります」

バイト先には来ないでって言ったのに。

涼しい顔で5000円札を出してる恭介を俺は一緒に入ってるバイトの杏子さんに
分からないように軽く睨んだ。

「5000円からでよろしいですか?」

「はい、それで」

俺が絶対、買いそうに無い難しそうなビジネス雑誌とタバコを袋に詰めている俺の
横でバイト仲間の杏子さんは恭介からお金を受け取り、お釣りを渡してる。

「有難うございました」

ワントーン上の声を出す杏子さんと一緒にマニュアル通りのお礼の言葉を言う俺に
恭介は「有難う」って微笑んで言い、コンビニから出て行った。


もう、サイテー…


「ちょっと、何、今の人。カッコ良すぎ。直君、見た?」

俺の溜め息なんて無視して杏子さんはテンションが高くなってる。

「そんなにカッコ良かったんですか?」

「そこいらのモデルよりカッコ良かったんだから。有難うって笑った顔が又、
 大人の男って感じでさー」

「いやーっ、見たかった」

ドリンクの補充に行っていた美香さんまで巻き込んでレジの奥では恭介のことが
話題になってる。
だから、バイト先には来て欲しくなかった。
だって、こんな時、俺は一々、実感しなくちゃいけなくなるから。
恭介がどんなにモテるかっていう現実を。
それは、すごく悔しくて、何て言っていいか分からない気持ちになる。



誰も恭介を見ないで。

誰も恭介に触れないで。


だって、恭介は俺だけのものなんだから。
誰にも渡さないんだから。



































「バイト先には来ないでって言ったじゃんっ」

俺のバイト先のコンビニから少し離れた場所に停めてある恭介の車の中で俺は恭介に
詰め寄った。

「お前のバイト姿を見たかったんだよ」

俺のバイトが終わるのを待ってる間に読んでたビジネス雑誌を車の後部座席に直すと
恭介は笑顔でそう言った。
この笑顔が曲者なんだよね。
いかにも大人のイイ男ですって感じの笑顔。
そんな笑顔、いろんな所で振り撒くなって言いたい。
恭介にこんな笑顔をされて恭介に夢中にならない女の人なんていないに決まってる。
現にすごく美人で理想が高いって有名な杏子さんだって、恭介の前では瞳を輝かせて
聞いたこともないような声を出してたんだから。

「…恭介が出て行ってから大変だったんだから」

だからって素直に誰にも笑い掛けないでなんて言えなくて俺は小さな声で呟いた。

「お腹、空いてないか?」

俺の声が聞こえなかったのか恭介は車を出そうとサイドブレーキを下ろしてる。

「杏子さんが恭介のことカッコイイって騒いでたよ」

あんなに綺麗な杏子さんに誉められて嫌な男なんていない。
俺はちょっとだけ恭介を試してみたくて軽く言ってみた。

「杏子さんって?」

恭介は誰だ?って顔をしてる。

「俺の隣にいた人だよ、お金、渡しただろ、覚えてないの?」

覚えてない訳ない。
だって、あんなに美人なんだから。
覚えてない訳ないのに覚えてて欲しくない、そんな複雑な気持ちで俺は恭介の顔を
見詰めた。

「お前しか見てなかったから覚えてないな、それより、食事はどうする?」


――ずるい。

本当に恭介はずるい。

サラリとそんな言葉、言わないで欲しい。
だって、例えそれが嘘でも嬉しくてどんな顔していいか分からない。

「…ばか」

本当は素直に喜びたいのにここで喜ぶと余りにも恭介の思い通りみたいで
気に入らない俺は可愛くない返事を返した。

「お食事はどうされますか?直様」

そんな俺の言葉にも恭介は動じない。
動じないどころか笑顔でからかう振りをして俺が喋り易い空気を作ってくれる。
そして、そんな恭介に俺は安心する。
そう、安心して甘えられる。

「俺、御影に行きたい」

「御影だな、分かった」

俺のリクエストに恭介は微笑んで軽く頷いてくれた。
御影っていうのは恭介のマンションの近くにあるお蕎麦屋さんで俺と恭介の
お気に入りの店だ。
その御影に向かって走り出した車の助手席で俺は自分の足元に置いたカバンを
チラッと眺めた。
俺が御影を選んだ理由がそこに入ってる。
御影に行きたいって言ったのは御影が恭介のマンションに近いから。
本当はすぐにマンションに帰って恭介に渡したい。
俺のカバンに入ってるバレンタインのプレゼント。
俺は男だから、チョコは買えなかったけど、チョコよりも恭介は喜んでくれると思う。
恭介に喜んで欲しくて雅兄に聞いたんだから。
そう、俺がチョコの代わりに買ったのは恭介の好きなスコッチウィスキー。
高い物は買えなかったけどこの際、しょうがない。
そう思いながら視線を前に戻す。
早く、恭介の喜ぶ顔が見たい。
この時の俺の頭の中はそのことばかりでバレンタインっていう日がどんな日か
すっかり、頭から抜け落ちてた。
これから、起きることなんて想像すら出来なかった。






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