… a refuge 2 … 6






『寄る所がある』

ホテルのエントランスで梁川さんはそう言った。
先に話を聞いていたのか梁川さんの言葉に桜井さんはただ、

『分かりました』

とだけ答えた。


昨日、桜井さんの運転で乗ったベンツの運転席のドアを桜井さんが開け、そこに梁川さんが
乗り込み、車の中から助手席に乗るように僕に目で合図する。
その合図に助手席にまわり、桜井さんが開けてくれたドアから車に乗り込む。
僕が乗ってシートベルトを締めたことを確認した梁川さんは何も言わずに車を発進させた。

どこに向かっているのかは分からないけれど、ナビも使わずにスムーズに車を走らせる梁川さんに
今から行こうとしている所が行き慣れた所だということが分かった。

相変わらず窓の外は見慣れない景色だ。
だけど、僕には見慣れない景色でも梁川さんには見慣れた景色かもしれない。
そう思うと、これから行く所に対する期待と不安が胸に湧いてきた。
その湧いてきた複雑な感情を落ち着かせる為にそっと息を吐く。
隣で車を運転する梁川さんはそんな僕の微かに緊張した様子に気付いたのか静かに笑った。

「地獄にでも連れてかれそうな雰囲気だな」

「別に、そんな…」

慌てて否定する僕に梁川さんがチラッとだけ視線を向ける。
その目はいつも梁川さんが僕をからかう時のそれだった。

「それとも、まだ中に何か入ってそうか?」

明らかにからかわれてると分かるのにそれでも僕は顔が熱くなるのを止められなかった。

「…それは…梁川さんが…」


ゆっくり寝ろと言ったのに。

今日、昼近く、肌を弄られる感覚に目を覚ました僕は、そのまま引きずられるように梁川さんを
受け入れた。
しかも、閉められたベッドルームの扉一枚向こうのリビングルームに桜井さんがいることも
知らずに。

今、思い出しても羞恥に全身が熱くなる。
そして、梁川さんが恨めしいと同時に不思議で仕方がない。
何故、桜井さんが隣の部屋で待っているのにチェックアウトの時間をずらしてまで僕を抱いたのか。
元から周りを気にしない梁川さんだけれど、こんなことは初めてで、釈然としない違和感に僕は
梁川さんの横顔見つめた。

「何だ?まだ、拗ねてるか?」

僕が黙り込んだのを拗ねてるとったのか梁川さんが笑みを含んだままの声で言う。

「…拗ねてなんていません……けど…」

拗ねてる訳ではない。
ただ、桜井さんに声を聞かれたことが無性に恥ずかしくて。
梁川さんに恨み事の一つも言いたかった。

「けど、何だ?俺だけのせいか?俺を銜え込んで自分から腰を振ってよがってたのは
 誰だ?」

なのに梁川さんはそんな僕の気持ちを気にもせず、更にあからさまなことを言うとくくっと喉の
奥で笑った。

昨夜の余韻は簡単に僕の体を昂ぶらせた。
散々、梁川さんの名前を呼んで、縋り付いて、自分から腰を揺らして。
たしかに僕は自分から梁川さんを求めた。

だけど…


「…桜井さんがいたのに…」

ぽつりと呟いて目を伏せた僕の横で梁川さんが煙草に火を点ける。

「桜井がいると分かったら止めれたのか?」

煙草の煙を吐き出した後の梁川さんの声はやっぱり僕をからかう声だった。

「………」

そして、その梁川さんの問いに僕は答えられなかった。
何故なら、答えは梁川さんが予想している通りだからだ。

梁川さんの愛撫で目が覚めた体は例え、桜井さんがいることを教えてられても止まらなかった。
2年間、梁川さんに抱かれ続けた体は僕の意思を簡単に裏切り、持ち主の僕よりも梁川さんに従う。
この2年という歳月で僕はすっかり梁川さんのモノに造り変えられた。

心も体も。

煙草を吸う梁川さんの横で僕は返事に困って黙り込む。
黙り込んだ僕を横目でチラッと見ると梁川さんは吸いかけの煙草を灰皿に捨てた。

「牽制だ。桜井にはいい薬だ」

灰皿に煙草を押し付けて消した梁川さんが鼻で笑ってから言う。

牽制?
いい薬?

梁川さんが何を言いたいのか分からなくて梁川さんの横顔を見つめた時に丁度、車は信号に捕まり、
止まる。

「…牽制って…?」

梁川さんの横顔を見つめて問いかけた僕の目に皮肉気に笑う梁川さんが写る。

「お前は分からなくていい。下らないことだ」

言い終わってから僕の方に向けた梁川さんの目にはさっきまでとは違う光が潜んでいた。

梁川さんが知らなくていいと言ったことは聞かない。
それは僕と梁川さんとの中にある暗黙の了解だ。
だから、僕は聞かない。
例え、それがどんなに寂しいことでも…

何故なら、それは僕が梁川さんとずっと一緒にいる為に必要なことだからだ。

分かりましたという返事の代わりに微笑む。
上手く笑えてるかは分からないけれど。
寂しさを隠して微笑む僕の頬に梁川さんの手が触れる。
まるで僕の気持ちを分かってるかのように頬を撫でる手の動きは優しいのに、目は出会った時と同じ
光を湛えている。
その光に魅入られ、視線を外せなくなった僕に梁川さんは少し眉を寄せた。

「芳久、これだけは覚えとけ。お前は俺のモンだ。お前が納得しようがしなかろうが
 お前に触ったヤツは殺す。一生、縛り付けてやる」


脅しは告白だ。


“お前は俺のモンだ”

 『好きだ』


“一生縛り付けてやる”

 『側にいてくれ』


僕はどこか壊れてるのかもしれない。
梁川さんが好きで、好きで、好きで…

脅しでさえ、告白に聞える。


「…はい」

勝手な解釈に微笑み、返事を返す僕に梁川さんはふんと鼻をならす。
頬にあった手は僕の頭の後ろに回り、強引に僕の顔を引き寄せると梁川さんは僕の唇を乱暴に塞いだ。






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