… a refuge 2 … 4






「薄情なヤツだな。先に風呂に入ったのか?」

ネクタイを緩めながら梁川さんがいつものシニカルな笑顔を浮かべ、僕の方に歩いてくる。

「……どうして…」

散々、待ち侘びた顔なのにいざ目の前に現れるとどうしていいか分からなくて、僕はその場に
立ち尽くした。

「なんだ?自分が泊まるホテルに帰って来ちゃいけないのか?」

「でも…」


嬉しさよりも驚きの方が強くて。

間近に来た梁川さんが脱いだジャケットを受けとることもしないまま、僕は魂が抜けたかのように
梁川さんの顔を見詰めていた。

戻らないかもしれないと覚悟を決めかけたのに。


「…あの方達は良かったんですか…」

不意に洩らした言葉に驚いたのは誰でもない僕自身だった。
これじゃまるで夫の浮気を勘ぐって嫌味を言う妻だ。

「…ごめんなさい」

自分のみっともない嫉妬に梁川さんと目を合わせていられなくて目を伏せたのに、頭上からフッと
梁川さんが笑う気配がしたかと思うと僕の顎に指がかかり、僕は顔を上に向けさせられた。

「何故そんな飲み慣れないモノを飲んでるんだ?発作はもういいのか?」

顎の指が頬に移り、ゆっくりと労わるように撫でた後、僕の手からグラスを奪う。

「……大丈夫です。僕は…でも、梁川さんは…」

嬉しさが過ぎると今度は冷静さが訪れた。
こんな時間に帰って来たということは宴席の途中で帰って来たか宴席を断ったからだ。
役には立たなくても足手纏いにはなりたくないのに。

「何を気にしてる?あんな連中に何故、俺が気を使わなきゃいけない?」

「……でも…」

梁川さんらしい言葉だと思った。
でも、微かでも迷惑をかけたかもしれないという思いに心が苦しくて。
もう一度目を伏せた僕は梁川さんに腕を掴まれ、引き寄せられるままに梁川さんの胸に倒れ込んだ。
腕を掴んでいた手が背中に回り、腰を掴み、ぐっと僕の体を抱き寄せる。
密着した梁川さんの体からはいつもつけてるコロンの匂いと煙草の匂いしかしなかった。

「なんの為にお前を連れて来たと思うんだ?」

頭上からの問いにそっと顔を上げる。
グラスに半分ほど残っていたウィスキーを梁川さんは飲み干すとグラスを僕に渡し、僕の耳元に
唇を寄せてきた。

「お前がいるのに何故、わざわざ他の穴に突っ込まなきゃいけない?ん?」

低い声の愛撫は簡単に僕の心を解していく。

「それにお前のここの味を知ったら、とても他に突っ込もうなんて気にならない」

僕の耳朶を甘噛みしている梁川さんの右手が乱暴にバスローブの裾を捲り上げ、左手の指が
梁川さんを受け入れる場所の入口をつつく。

「…っ…ぁ…」


お前だけだ。

そう言われてるような気がした。


「飯は食ったのか?」

冷静な声で囁きながらも指は僕を煽るように入口を撫で回す。
たったそれだけの刺激なのに梁川さんに抱かれ慣れ、快楽を貪欲に貪ることを覚えた僕は
首を横に振る返事しか出来なかった。

「飯も食えないほど、これがちょっとの間でも他のヤツのモノになるのは嫌か?」

密着した僕の腰に梁川さん自身がぐっと押し付けられる。

嫌だ
他の誰にも触れないで欲しい。

喉から血を吐くほど叫んでそれが叶うなら、どんなに幸せだろう。
でも、僕にその権利はない。

「…いいんです…僕は…ただ、帰って来てくれるだけで…っ」

嘘くらい、いくらでもつける。
梁川さんの側にいれるなら。

息を乱しながら答える僕に梁川さんの指の動きが止まる。
止まった指に不安になって僕は腕を梁川さんの背中に回すと梁川さんの胸に頭を預けた。
規則正しい梁川さんの鼓動の音に涙が出そうになった。
この音を間近で聞けるなら、どんなことも我慢しよう、そう思い、目を閉じた、その時だった。

「──嫌なら殺せ」

真剣な低い梁川さんの声に僕は慌てて顔を上げた。
するとそこには今まで見たことのない優しい梁川さんの目があった。

「俺が詰らないことをして、それをお前が許せないと思ったら俺を殺せ。
 お前になら殺されてやる」

それはどんな愛の言葉をも凌駕した。

「梁川さん…」

「チャカがどこにあるかは知ってるだろ?」

知らない振りをしてきたけど、ベッドの枕元の抽出に拳銃があることは知っていた。
それでもそんなことに頷くことは出来なくて。
戸惑う僕の頬を梁川さんの手がゆっくり撫でる。

「それを使え。お前になら殺されてやる。分かるか?お前にしか俺は殺せない」

ずるい、と思った。
僕に梁川さんが殺せるわけない。
梁川さんが死ぬことは僕も死ぬことなのに。
でも 嬉しくて。

「…梁川さん…っ」

次から次へと流れる涙に僕は声を詰まらせた。

「馬鹿が、泣くのはヤってる時にしろ。風呂から出たらイヤってほど泣かせてやる」

軽く舌打ちした梁川さんが僕の涙を親指の腹で拭い、苛立ったように言う。
照れた時や困った時にはわざと乱暴な物言いをする。
それは2年間、梁川さんの側にいて僕が知った梁川さんの癖だ。

「…ごめんなさい」

自分でも涙を拭い、少し笑う。
そんな僕の後頭部が梁川さんの手で包まれ、引き寄せられる。
少し深いキスをすると梁川さんは

『風呂に入る。俺が風呂に入ってる間にルームサービスを頼んで何でもいいから
 食え。お前の為に使わないで帰って来たんだ。許してくれって泣いて頼むまで、
 今日は掻き回してやる』

と言ってバスルームに消えた。







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