… a refuge 2 … 3






目が覚めた時、僕の側には誰もいなかった。

暗くなった部屋でベッドから体を起こしてサイドテーブルの時計を見る。
午後7時という時間に自分が3時間も眠っていたことを知った。

桜井さんの話の途中で眠ってしまったのは申し訳ないと思ったけれど、桜井さんの口から最後の告白を
聞きたくはなかった。

きっと美也子さんを殺したのは桜井さんだ。
梁川さんは美也子さんは自殺したと言ったけれど。

自分で自分を切り刻むようなことを桜井さんに口にして欲しくなかった。
どうして、あんな告白を僕にしようと思ったのかは分からないけど、まるで自分を痛めつけるような
桜井さんを見たくはなかった。

そっとベッドから起き上がり、桜井さんが閉めてくれただろうカーテンを開けてすっかりネオンの光を
纏った窓の外を眺める。
シャツのボタンが2つ開いてることに眠り始めた僕が寝苦しくないようにと桜井さんが開けてくれた
ことに気付いて、僕は改めて桜井さんの優しさを感じた。

ずっと嫌われてると思っていた。

男として同じ男の梁川さんに囲われて、女の人みたいに抱かれて。
飽きられたら、棄てられたらという不安に脅えて。

男のプライドも捨て、梁川さんに縋り付いている僕を桜井さんはずっと軽蔑していると思っていた。
だけど、今、冷静に思い返してみると桜井さんはいつだって優しかった。
それは分かりやすい優しさではないけれど、さりげない気遣いをしてくれていた。
桜井さんに軽蔑されていなかったと分かったことは嬉しかったけど、梁川さんのことを考えると心は
晴れない。
それに時間はまだ7時で、今日、駅まで迎えに来た人達とは仕事で会っているはずだから当然、仕事の
話が終わったなら宴席が設けられるだろう。
接待はどこの世界でも変わらない。
豪華な食事にお酒、そして、女性。
お腹を満たして、お酒が入れば必然的に向かう場所は夜の街になる。

華やかな場所でお酒を楽しんで…

そして…

急に襲ってきたズキンズキンという頭の痛みに僕はこめかみを指で押さえた。
考えたことがなかった訳じゃない。
今までだってもしかしてと思ったこともある。
でも、それらは全て想像だと言い聞かせられる範囲だった。
だけど、今日は違う。
もし、今日、梁川さんが帰ってこなければ、想像は現実に変わる。

窓の下に見えるネオンの光のどれか1つの中で梁川さんが誰かの肩を抱いているかもしれないと思う
だけで眩暈がして、僕は窓の外を見ることさえ出来なくなった。
震え出した手でカーテンを閉め、窓から離れ、もう一度ベッドに戻り、ベッドの端に座る。
するとベッドの横のテーブルにはさっきは気付かなかった桜井さんからのメモがあった。
メモには桜井さんの泊まる部屋のルームナンバーと用がある時は何時でも電話して下さいという短い
メッセージがあった。

桜井さんの優しさは素直に嬉しかった。
だけど、今は誰にも会いたくなかった。

時間的に言えばもう夕食の時間だけれど、とても食べ物が喉を通りそうにない僕は一人ぼっちの部屋で
何かをしていないとおかしくなりそうで、一人ぼっちの時間を少しでも潰す為に仕方なくバスルームに
向かった。






























バスルームから出て、バスローブ姿で濡れた髪の滴をタオルで拭う。
見ないようにと思っていてもどうしても時計に目がいってしまう。

時刻は8時。

どれだけゆっくりお風呂に入ったところで1時間が限界で、これから過ごす長い一人の時間を考えて、
僕は溜め息をついてから部屋の中を見渡した。

品のいい調度品でバランス良くまとめられた部屋の端にはバーセットが備えられてある。
アルコールは得意じゃない。

だけど、不安に苛まれながら一人で帰って来ないかもしれない梁川さんを待つのならアルコールで
誤魔化して眠ってしまう方がいいのかもしれない。
髪の滴を吸い込んだタオルをイスの背にかけ、バーセットに向かい、ウィスキーを氷を入れたグラスに
注ぐ。
口に含んだウィスキーは舌に微かな痺れをもたらし、その不快感に僕は眉を顰めたけど、それでも僕は
それを少しずつ飲んだ。

1分が10分に思えるほど時間が長く感じる。

酔いたくて飲んだはずなのに、いくら飲んでも一向に酔いそうにない。
時間はまだ、30分しか過ぎていない。

苦しくて、苦しくて。
空になったグラスに2杯目を注ぐ。

その2杯目を口に含み、溜め息をついて窓のカーテンを開ける。
あんなに見たくないと思ったネオンだったのに、苦しくても梁川さんの側にいる為にはこれくらいの
現実には慣れなければいけないという諦めに似た感情に僕は覆われ、カーテンを開け、息苦しさを
我慢しながら外を覗き込み、ウィスキーをグラスの半分になるまで煽った、時だった。

エントランスからドアの開く音が聞こえ、誰かが部屋に入ってくる気配がした。

まさか

まさか…

そんな筈はない

そんな筈は…

期待と不安に足がすくんで動けない。

体が動かない分、瞳をじっと凝らしエントランスを見つめる。

ものの1分もしない内にそこには待ち侘びた梁川さんの姿が現れた。






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