… a refuge 2 … 2






久し振りの喘息の発作にふらつく僕を桜井さんはホテルの部屋まで運んでくれ、念の為にと
持っていた薬を飲ませてくれた。
病院にと言う桜井さんを無理に説得して桜井さんに手伝ってもらいホテルのベッドに横になる。
ベッドに横になった途端、自分の不甲斐なさに涙が浮かんだ。
梁川さんの役には立たなくても足手まといにだけはなりたくないと思っていた。
なのに、これ位のことでボロボロになっている自分が情けなくて、惨めで…
横になったところで体の辛さは変わらないけど僕はシーツを目元までたぐり寄せ、ベッドの
上で体を横に向け、丸めた。

「大丈夫ですか?」

「…だ…大丈夫…です…」

頭上から聞える桜井さんの訝しげな声に僕はひゅうひゅうという息が少し収まった隙をみて答える。
ホテルの部屋には暫くの間、ノイズのような僕の呼吸の音が響いていた。

永遠に続くかもしれないと脅えた発作はだけどものの30分で終わりが見えてきた。
少しずつ息が落ち着いてきて体が楽になってくる。
やっと発作から解放される期待に少しだけ息を深く吸い込んで、丸めていた体を伸ばしかけた、
その時だった。
僕の背中に何かがそっと触れた。
その大きさと温もりに背中に触れているものが桜井さんの手だと分かった時にその桜井さんの
手が僕を労るように僕の背中をそっと擦る。
その桜井さんの仕草は優しくて、想像もしていなかった桜井さんの優しさに発作で体も心も
疲れていた僕は薬のせいで眠くなってきたこともあって、素直にそれに甘えた。

「…少し詰まらない話しをしてもいいですか?」

僕の背中を擦りながら桜井さんが静かに話す。
真剣な桜井さんの声に顔を桜井さんの方に向けようと動かす。
しかし、桜井さんの顔を見る前に僕の目には桜井さんの手が被せられた。

「…このままで聞いて下さい」

暗くなった視界にそれでも恐怖はなかった。

「あの日、私は須藤(すどう)さんに梁川が須藤さんに拘るのは須藤さんが
 死んだ姐さんに似ているからだと言いました」

桜井さんの言葉に僕は2年前のことを思い出した。

「でも、貴方は姐さんには似てない。姐さんは私の姉は……美也子は私の姉です」

桜井さんに嫌われても仕方がない。
教えられた事実に僕は息を詰めた。

「貴方を責めてる訳じゃない。姉は哀れな人だった。ろくでもない親の為に
 働きづめで…」

息を詰めた僕に気付いたのか桜井さんの声が少し柔らかくなり、僕を恨んでないと言う。

「親の犠牲になって、生きる為だけに生きていた姉にとって初めての恋だったん
 でしょう。梁川には何も求めてはいけないと言ったのに……求めて、梁川の
 全てを欲しがって…手に入らないことが分かると梁川を裏切った」

梁川さんや桜井さんの世界の裏切りが何かが僕には分からなかった。

「梁川に姉と一緒になって欲しいと頼んだのは私です。必死でした。私のあまりの
 必死さに梁川は折れて、私の願いを聞いてくれたんです。だから、尚更、梁川を
 裏切ったことが許せなかった。梁川が貴方にどう言ったのかは分かりませんが、
 梁川は姉を好きにさせてやれと言ったけど、私は許せませんでした」

「…もう…もう止めて下さい…」

桜井さんの気持ちが分かった気がした。
桜井さんは僕と一緒だ。
ただ、選んだ道が違うだけで。
梁川桂成(やながわけいせい)という一人の男に激しく惹かれ、魂を奪われた。
だからこそ、これから桜井さんが何を告白するつもりなのか分かったのにホテルの部屋に入って
すぐに飲んだ薬が効き出してきて、睡魔に襲われ始めた僕はたどたどしい口調で止めてくれとしか
言えなかった。

「……貴方は…優しい」

それに今、何故、その告白を僕にするのか。
桜井さんは自分を切り刻むような告白をしようとしているのにやはり、役立たずの僕の瞼は
どんどん重くなっていく。

「……さくらい…さん…」

喘息の発作の疲れと薬のせいで、意識が薄れて、桜井さんの名前を呼んだ自分の声さえも遠くに聞える。

「…こうなることは分かってた。貴方を初めて見た時から…」

桜井さんの手が瞼から離れても僕の周りは暗かった。

「こんな世界に貴方を巻き込みたくなかった。梁川は貴方を棄てたりはしません。
 きっと梁川は貴方を一生離さない。きっと…」

遠くに聞える桜井さんの声は何故か少し辛そうだった。

「…きっとこうなると分かってた。俺は…俺は……貴方を…」

桜井さんの声が遥か遠くから微かに聞える。
一生懸命、桜井さんが何を言っているのか聞こうとするのに、桜井さんの声は遠すぎて。
桜井さんが僕の側にいるのかさえも僕には分からなくなった。

「ゆっくり、眠って下さい。組の下の者と逃げた姉を殺したのは俺です。
 姉と逃げた田代を馬鹿な奴だと思ってた。たかが、女一人の為に全てを
 捨てるなんて愚か過ぎると。でも、今なら上田の気持ちが分かる。貴方と
 だったら…俺は…」

桜井さんの声さえも僕には分からなくなった。
深いどこかに吸い込まれる感覚に逆らえなくなって、全てを諦める。
深い眠りに落ちていく寸前、唇に何かが触れたような気がしたけれど、それが何か僕には分から
なかった。






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