… a refuge 2… 1






見慣れない街の灯りに孤独が増した。

今の僕には豪華なホテルの部屋もただの無機質な空間にしか思えない。
長い溜め息をついて、手に持ったグラスの中のウィスキーを口に含む。
アルコールは得意じゃない。
だけど、飲み慣れないウィスキーのアルコールで思考を麻痺させることが今の僕には唯一の逃げ道だった。
こんなことは初めてじゃない。
今までだって帰りが遅くなることや帰らないこともあった。

そう、初めてじゃない。

なのに今日に限ってこんなに苦しいのはきっと慣れない街と自分の知らない梁川さんを見たせいだ。
























『明日から一泊の予定で出かける』


昨晩、ふと思いついたかのように梁川さんはそう言った。
梁川さんの気紛れは今に始まったことじゃない。
明日から出かけると突然、前日に言われ、温泉に連れだされたり、ホテルに連泊したりと梁川さんの
気紛れに慣らされた僕は今回もただの梁川さんの気紛れだと思っていた。
しかし、その僕の考えは新幹線を降り立った駅で僕達を出迎えた人達の顔ぶれを見た途端、消えた。

きっちり着こなしたスーツに鋭い視線。
駅で梁川さんを待っていた人達は梁川さんが生きている世界の人達だった。
梁川さんと一緒に過ごすようになって二年、梁川さんが自分の生きる世界に僕を連れ出すことはなかった。
だから、僕は突然、目の前に突き出された忘れていた現実に戸惑った。


『俺はこれから予定がある。今日泊まるホテルは桜井が知ってる。桜井を残すから、
 せいぜいこき使ってやれ』


僕の戸惑いに気付いたのか梁川さんは僕の首筋をシニカルな笑みを浮かべながら手で撫でる。
その梁川さんの言い訳のような宥め方に一抹の不安が胸によぎる。


『カードは桜井が持ってる。何でも好きな物を買えばいい』


欲しい物なんか何もない。
このまま、梁川さんの側に居たい。

喉まで出かかった言葉はしかし、僕の為に残される桜井さんのことを考えると口には出来なくて。
僕は梁川さんの言葉にぎごちなく頷くしかなかった。




























走り出した車の窓から見える景色は穏やかで、その穏やかな景色を僕は黙って見つめていた。
こうやって車に乗ってる分には普段と何も変わらない。
車の窓の外を流れる景色が微妙に違うだけで、車の運転席に座り、ハンドルを握る桜井さんの背中は
見慣れた僕の日常だった。


『身を引いて下さい』


あの日、桜井さんは僕にそう言った。
だから、桜井さんは僕を良くは思ってくれていない。
なのに何故か今日の桜井さんの背中はいつもより優しく見えて、たかが数時間、梁川さんと離れるだけで
嫌われてる桜井さんにすら助けを求めてる自分に苦笑を洩らした時だった。


『梁川の帰りは夜になると思います。それまで私がお供しますので倉敷でも散策しませんか』


桜井さんは顔を前に向けたままそう言った。
桜井さんから何かを提案されたり勧められたのは初めてだった。
桜井さんの言葉に不安が増す。

飽きられたのかもしれない。

飽きられて、棄てられる僕を憐れに思って桜井さんは優しくしてくれるのかもしれない。
拳の関節が白くなるまで手を握り締める。
ずっと、ずっと忘れていた苦しい感覚が胸に蘇ってくる。
ひゅうという息が自分の耳にもはっきりと聞える。
随分前に治ったはずなのに。
久しぶりに味わう突然の喘息の発作に僕は車の後部座席で蹲った。






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