… rain … 7








梶、頼むから。

頼むから。

お願いだから。
無事でいてくれ。

俺は、まだ何も伝えていないんだ。

ずっと後悔してた。

ずっと

ずっと…

雨が降る度に、お前を思い出すくらい。





















タクシーを降りた俺は病院に駆け込んだ。

「梶は…梶秀和はどこにいるんですかっ?」

「え…?あの…?」

受付カウンターに乗り上げんばかりの勢いの俺に受付の女性と受付の近くにいた人達の視線が俺に集まる。

「…すみません。今日、こちらに梶秀和という人間が運ばれて来たと思うんですが」

その周囲の視線に気付いた俺は少しだけ冷静になった。

「患者様のお名前は梶秀和さんですね?少々、お待ち下さい」

俺の不安をよそに女性は視線をパソコン画面に移すと指を動かし始めた。

「え…と。あ、梶秀和さんですね。あの…」

梶の名前を見つけたらしい彼女の視線は俺に戻り、その視線は俺に梶との関係を聞いていた。

「…親戚です」

女性の視線にとっさに俺は親戚だと答えていた。

「そうですか。梶さんの病室は5階の512号室になります」

考えたくはないが、もし厳しい状態だったら身内以外は面会出来ないかもしれないと思い、ついた嘘だった。


「有難うございますっ」


512号室。

聞いた病室番号を頭の中で呟き、エレベーターまで走る。
2台あるエレベーターはどちらも時間が掛かりそうだった。

やっと病院に辿り着いたのに。
あと少しで梶に辿り着くのに。

焦れた俺はエレベーターを諦め、階段を駆け上がった。


















やっと辿り着いた5階で息を切らせながら梶の病室を探す。
少しだけ探して見付けた512号室は個室らしく梶の名前だけが書いてある。
階段を駆け上がったせいとは違う意味で心臓が激しく打ち始めた。
今更ながら手が震えてきた。
この向こうに梶がいる。

もし

もし、ドアを開けて梶の意識がなかったらどうしよう…

そんな不安が頭をよぎった。

だけど
でも

いや、ここで、そんなことを考えても仕方ない。

意気地のない自分に自分で発破をかける。
そして、俺は深呼吸をすると震える手で病室のドアをノックした。
















冷静な時なら気付くはずだった。
本当に危険な状態なら通常の病室じゃなくICUに入っているはずだ。
だけど、そんなことにも気付かないくらい俺はパニックに陥っていた。


俺のノックに返ってきたのは梶の声だった。
梶の声に少し安心し、恐る恐るドアを開ける。
開けたドアの向こうでは梶がベッドの端に座っていた。
そして、そんな梶の周りには有吉と有吉が電話で言っていた有吉の知り合いの青年がいた。

「真幸?お前、どうして、ここに…て、有吉、お前」

病室の入口で立ち尽くしている俺に梶は驚いた顔をした後、有吉を睨んだ。

「有吉、お前だろ。真幸には知らせるなって言っただろ」

「しょうがないだろ、お前に釘刺される前に連絡したんだから。それより、星野、
 せっかく心配して来たんだから、中、入れよ」

さっきの電話の様子とは打って変わり有吉は、にこやかだった。

「悪いな、有吉が早合点して、お前に連絡したみたいで…大したことないのに。
 本当、コイツ大袈裟で」

有吉を睨み付けてから梶は苦笑いを浮かべた。
だけど苦笑いを浮かべる梶の顔には小さな傷があり、右腕はギプスがはめられていた。

「…大したことない訳ないだろう…?その腕…」

想像することすら怖かった最悪の事態ではなかったけれど、やはり事故に合ったことが事実だと分かる顔の
傷とギプスに俺は病室に入り、梶の前に行くと俯いた。

無事で良かった。
本当に無事で良かった。
だけど、やっぱり俺のせいだ。

安心感と罪悪感。
二つの感情が俺の中で絡まり縺れ、その感情をどう整理していいか分からず俺は泣きそうになった。

「…ごめん…俺のせいだ」

「…真幸?」

梶の顔が見れなくて俯いたまま謝る。

「巧己、ちょっと出ようか。俺と巧己は下でコーヒーでも飲んで来るよ」

そんな俺を気遣ってくれたのか有吉は青年に声を掛けてくれた。

「あの、良かったら使って下さい」

病室のドアに向かった有吉を追う前に巧己と呼ばれた青年は俺にイスを勧めると有吉と一緒に病室を出て行った。



















梶と2人だけになった病室で俺はイスにも座らず、俯いたままだった。

「…ごめん…俺…俺を送ったから…」

「違う。お前のせいじゃない」

梶の声は優しかった。
だけど梶が優しければ優しいほど俺は辛かった。

「…あんなに酔って、お前に送らせたから…」

「俺の不注意だったんだ。考え事してて…子供が飛び出して来たのに気付くのが遅れた。
 だから、お前のせいじゃないよ」

「…梶」

「それに怪我も大したことないんだ。腕に軽くヒビ入っただけだから。これもすぐに取れる」


違う。

お前は何も知らない。

雨の中、お前が帰ってる時、俺が何を考えていたか。
俺が何を望んだか。

それに、お前の事故を聞いてからも俺は自分の為にお前の無事を願った。
自分の為だけに。

梶のギプスにそっと指で触れると自分の卑しさに息苦しくなった。

「真幸…?」

「…お前…これ、右腕じゃないか…利き腕なのに…」

そうだ。
何気なく口にした自分の言葉で気付く。
ギプスをしている右腕は梶の利き腕だ。
利き腕が、こんな状態になって店はどうするんだ…

「…お前…店、どうするんだ…利き腕だろ…」

病室に入って初めて顔を上げ、梶を見ると梶は苦笑いをしていた。

「まぁな、なんとかなるだろ。巧己君もいるし。取り敢えず今日は休業にするけど」

「入院はしなくていいのか…?」

今日だけ休業にするということは入院はしなくていいのだろうか。

「検査結果も異常なかったし腕以外なんともないから帰るって言ったんだけどな。
 念の為に1日だけ入院だってさ。しかも大部屋空いてなくて個室だしな」

検査結果に異常がなかったという梶の言葉に安心はしたものの、やっぱり店のことが胸に引っかかった。

「バイトは?巧己君という子だけなのか?」

昨日、俺がいた時は時間帯のせいかもしれないが梶1人だった。

「まぁ…小さい店だからな、本当は後1人いてくれたら助かるんだけど…売上とか考えると、
 なかなかな…」

バツが悪そうに梶は笑う。
弱音ではないけれど、自分の弱みを話す梶を俺は初めて見た。
梶の事故のきっかけを作ったことと初めて弱みを話す梶を見たからかもしれない。
頭よりも先に口が動いていた。

「…お前の腕が治るまで俺に店、手伝わせてくれないか」

「え…?」

梶が驚きの声を洩らす。
だけど、自分の言葉に1番驚いていたのは梶でも他の誰でもなく、それを言った俺自身だった。






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