… rain … 17






『前のお袋が死んだ時は親父だったのに今度は親父で後追いそうなのは新しいお袋だろ。
 もう笑うしかないだろ?気が強くて、俺のバイト先にもいきなり来て怒鳴るような人
 だったのに…そんな人が虚ろな目で親父の側から離れようとしない姿見て、さすがに
 驚いたよ。あぁ、この人、親父だけが支えだったんだろうなって思った。きっと後妻
 だから影で色々、言われてたんだろうなって。そんな中で親父だけ頼って頑張って
 きたんだろうなって』


親父さんの会社を継ぐ気がなかった梶が腹を括ったのは新しいお袋さんの悲嘆にくれた姿を
見たかららしい。
親父さんと新しいお袋さんが守ってきた会社を潰すわけにはいかない。
その思いだけだったと梶は昔を懐かしむ目をして微笑んだ。

「お袋もなんとか立ち直って仕事に復帰して、しばらくした頃、お袋に本当に
 やりたいことをやってくれって言われて…悩んだけど、比企さんのところに
 戻ったんだ」

雇われ店長からやり直して念願の自分の店を出した。

「店を出した時には真幸と別れてから十年が経ってた。さすがに十年だろ?今更、
 どんな顔して真幸に会いに行けばいいのかも分からなかったし、今更、会いに
 行って迷惑がられたらどうしようって、そんなことを考えてる内に時間だけが
 過ぎていって…」

ずるずると心を決められないまま過ごしていた時に偶然、安岡が店に現れた。

「チャンスだと思った。安岡が真幸達と会うって聞いて店に来てくれって頼んで。
 真幸が来てくれるか来てくれないか。俺にとって賭だった」

でも、俺は店に行かなかった。

「もうダメなんだって思った。でも…ダメでももう一回だけ真幸の顔を見たいと思った。
 だから安岡に真幸が働いてる市役所聞いて、あの日、真幸の顔を見に行った」

未練がましいだろう?と梶が苦笑する。

「遠くから一目見るだけでいいって思った。だから、定食屋から出て来た真幸を見て、
 やっぱり、まだ惚れてるって思ったけど声をかける気はなかった。だけど…」

だけどと言葉を切り、梶は苦笑を深くする。
そんな梶に俺の鼓動が速くなっていく。

「雨が…雨が降ってきて…雨の中、走る真幸を見てたら、ダメだった。気が付いたら車を
 降りて真幸に声をかけてた」

「梶…」

梶の顔が苦笑を浮かべてたものから真剣なものに変わる。

「ガキだったあの頃からどれだけ変われたかは分からないし、本当は全然変わってないの
 かもしれない。だけど、俺は真幸の側にいたいし真幸に側にいて欲しい。それが今の
 俺の正直な気持ちだ」

真っ直ぐ目を見詰められ告げられた梶の言葉に俺は泣きそうになった。

あの日、梶と再会した日、雨が降らなければ俺達は、ずっと擦れ違ったままだった。
ずっと。

「俺達、やり直せるんだよな…?」

真っ直ぐに俺を見詰める梶に俺は問い掛ける。
その俺の問い掛けに梶は顔を左右にゆっくりと振ると

『やり直すんじゃなくて始めよう。今から』

と答えた。

『そっちに行ってもいいか?』

と聞く梶に俺は頷いた。
向かい合って座っていた梶が立ち上がり、俺の隣に座る。
触れ合った肩から伝わる梶の体温は熱くて、その肩の熱に促されるように隣の梶の顔を見上げると
俺と同じように俺を見詰める梶の視線にぶつかった俺は、ゆっくりと目を閉じた。














何度も何度も唇が触れ合うだけのキスをした後、俺達はそのままラグの上に倒れ込んだ。
唇に触れるだけだったキスが明らかな意味をもった深いキスに変わり、互いの舌を絡ませ
漏れる吐息さえ貪る。
角度を変え貪る度に身体の奥には熱が生まれ、その熱に素直に俺は起き上がり自ら身につけている
衣服を脱ぎ下着一枚になった。

「大胆なんだな」

俺の行動に目を細め梶が微笑む。

「…お前だからだろ」

梶だからだ。
梶だからこそ欲望は隠さない。

「もう思い悩んで失うのは嫌なんだ」

もう詰まらない意地や擦れ違いで梶を失いたくない。
俺の決意の宣言に梶は微笑み、梶も又、起き上がり衣服を脱いでいく。
その衣服を脱いでいく梶を見詰めていた俺は梶の首にかかっているネックレスに視線を留めた。

すっかり忘れていた。
俺の知らない梶の過去。
その俺の知らない梶の過去は俺を嘲笑うかのように梶の首で輝いている。
でも、あの日、身を切るほどの嫉妬を誘った過去は、今、俺にとって受け入れなければいけない
過去になっていた。

「綺麗な指輪だな」

自分でも驚くほど自然に口から零れていた。
嫉妬も羨望もない素直な心からの俺の言葉と視線に梶も視線を自分のネックレスに向ける。
そして、照れ臭そうに微笑うとそれを首から外し、俺の手を掴むと俺の手の平の上に鎖に
通された指輪をそっと置いた。

「お前のモノだよ。本当は真幸を抱いた日、渡そうと思ってた。ガキだったから
 ペアリングなんて臭いものしか思いつかなくて…でも、渡せなくて。真幸は一度も
 つけたことないのに勝手に真幸の代わりだって思ってつけてた」

「…俺」

勝手に誤解して嫉妬して、ずっと一人で空回りして。

「俺が貰っていいのか…?」

今更の俺の言葉に梶は微笑いながら頷く。
その梶の笑顔に俺は手の平の上にある指輪をそっと握り締めた。
















十二年前の梶が俺に選んでくれた指輪を受け取った俺は梶がしていたようにそれを首に掛けた。
その俺の姿に梶は

『やっぱりクサイよな…ごめん』

と言い、照れたような困ったような顔をした。
きっと今なら、お互いこんなモノは照れ臭くて買えない。
携帯のストラップだったり、キーケースだったり、もっと無難なモノを選ぶんだろう。
でも、そう思うからこそ十二年前にこれを買った梶が俺は愛しかった。






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