… rain … 16






『ゆっくり話そう』

梶のその言葉に救われたような気がした俺は梶の勧めに従いシャワーを借りた。
そして、シャワーを浴び終えた俺は梶が用意してくれた梶の服を借り、梶の待つキッチン奥の
部屋に入った。

「コーヒー淹れたから飲めよ。体、温まるから」

俺が浴室を出る頃を見計らって淹れてくれたんだろう。
ベッドがある八畳ほどの部屋の真ん中にあるローテーブルの上にはコーヒーが二つ置いてあった。

「…あぁ…ありがとう」

濡れた髪をタオルで拭きながら俺の分のコーヒーが置いてある場所に座る。
俺はベッドを背に梶はオーディオを背に俺達はローテーブルを挟み向かい合って座った。

シャワーを浴びている間中、ずっと考えたが結局、さっき梶に話したことが全てのような気がした。
ずっと後悔していたこと、そして、今でも好きだということ。
それが全てで、それ以上、何を言えばいいのか分からなくて黙り込み梶の用意してくれたコーヒーを飲む。
そんな俺の前で梶は吸い終わったタバコを灰皿の底に押し付け消した。
俺がシャワーを浴びている間も吸っていたんだろう。
灰皿には既に四本のタバコの吸い殻があった。

「…さっきは真幸が話してくれたから今度は俺の話しを聞いて貰えるかな」

穏やかな声だった。
その声にマグカップを見詰めていた視線を梶に向ける。
梶が俺の告白にどんな結論を出そうとも後悔はない。
そう思った。
だから俺は梶の言葉に梶の顔を見詰め、目で頷いた。

「…真幸はさっき、俺はどんどん自分のやりたいことを叶えていくって言ったけど俺は、
 そんなすごい男じゃないよ。本当はガキでどうしようもないくらい自分勝手で…
 情けない男だった」

苦笑いを浮かべる梶の顔に卑屈さはなかった。

「真幸には話してなかったけど俺が十二の時に本当のお袋が死んで十五の時に親父は今の
 お袋と再婚したんだ。その再婚が俺はどうしても許せなかった。親父と死んだお袋は
 本当に仲が良くて、お袋が死んだ時、親父は抜け殻みたいになってガキの俺ですら親父が
 お袋の後を追うんじゃないかって心配するくらいだった。なのに親父はお袋が死んで
 たった三年で再婚した」

親父さんに裏切られたような気がしたと梶は続けた。

「親父と顔を合わすのが嫌で夜のバイトを始めたんだ。歳誤魔化してショットバーで
 バイト始めてからはバイトで知り合った人間の家を泊まり歩いて殆ど家には寄り
 つかなかった。その内にバイトが面白くなってきて将来はこれで食っていこうって
 考え始めて…」

一旦、話を切った梶はタバコに火を点けた。

「そんな時に真幸を知って話すようになって好きになった」

だから、付き合ってくれって言って真幸が頷いてくれた時、最高に嬉しかった。
梶は、そう言った。

「きっと、浮かれ過ぎてたんだろうな。俺は自分の気持ちばかりだった。高校辞めて
 バックパックで旅に出るってことも真幸なら応援してくれるって勝手に考えてた。
 だから、あの時は正直、真幸がなんで怒ってるのか全然、分からなかったし、
 分かろうともしなかった」


“応援してくれるって勝手に考えてた”

その梶の言葉が自分勝手なモノだとは思わなかった。
俺が本当の梶を知らなかったように梶も本当の俺を知らなかった。
自分に自信がなくて卑屈だった本当の俺を。
もし、あの時、俺が少しでも自分自身を信じられていたなら俺はきっと梶が言ったように梶を
応援したはずだ。

「真幸に寝なきゃ良かったって言われてショックで売り言葉に買い言葉でケンカしたけど、
 そのケンカも俺は軽く考えてた。旅から帰ったら、又、簡単に元通りに戻れるだろうって
 旅に出るまでは思ってた。でも…」

言葉を切り苦く笑う梶の指に挟まれているタバコが梶に吸われることなく灰になっていく。

「旅をしてる間に浮かれてたのは俺だけだったんじゃないかって考え始めた。真幸は
 優しいから、ただ、俺に引きずられてただけだったんじゃないかって。俺は真幸も
 俺を好きだと思ってたけど本当は断れなくて仕方なく付き合ってたんじゃないかって…
 そう考え出したら、もうダメだった。怖くなったんだ」

怖くなって、どうしようもなくなったと梶は言った。

「真幸の口から、はっきり終わりだって言われたら立ち直れないと思った。だから、
 それが怖くて旅から帰ってもお前に会いに行けなかった」

馬鹿みたいだろう?
そう呟く梶の顔を俺はただ、じっと見詰めた。

怖かったのは梶だけじゃない。
俺も怖かった。

「そんな気持ちのまま日本にいるのが嫌で逃げたくて二度目の旅に出たんだ。
 でも、インドで死にかけた時、お前に会えないまま死にたくないって思った。
 例え、終わりだって言われても生きて帰って真幸に会いたいって…でも、何も
 変わってない俺じゃダメだと思った」

しっかり地に足をつけてから、もう一度、俺に会いに行こうと考えたと梶は言った。

「何もかも中途半端だったからな。ちゃんと自分の店出せる見通しがついたら真幸に
 会いに行こうって思った。そう思って頑張ってたんだけど…親父が急に死んで…」

そう少し寂しそうに話す梶のそれからの話は比企さんに聞いた話と同じだった。






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