… rain … 15






市役所近くの駅から梶の店がある駅までは、たかが二十分ほどなのに逸る気持ちのせいか、
その二十分がひどく長いような気がした。

中途半端な時間帯のせいか車内は朝のラッシュ時とは違い、シートに座れず、立っている人は少ない。
そんなどこかのんびりとした空気が流れている電車内で俺は扉に凭れ、にわかに薄暗くなっていく空と
流れる景色を心もそぞろに眺めていた。

梶のマンションの場所は大体、見当がついていた。
梶の店から歩いて十分もかからない所で、五階建てのクリーム色のマンション。
名前はマンションソレイユ。
それは梶の店を手伝っていた時に梶と常連さんとの会話で知った。

“マンションソレイユ”

逸る気持ちを落ち着かせるために軽く深呼吸し、マンション名を頭で確認する。
そんなことを何度か繰り返した時、電車は梶の店のある駅に着き、俺が凭れていた扉が開いた。

逸る気持ちのまま電車から降りた俺は階段を駆け下り改札を抜けた。
駅近くの商店街を歩く人達にぶつからないように速度を少し落としながら走る。
商店街を抜け、梶の店がある繁華街が目の前になった時、俺の頬に空から一滴の滴が落ちてきた。
頬を伝い落ちる滴が何かを確認するために立ち止まり、顔を空に向ける。
そして、顔を空に向けた俺が見たのは暗く重い雲に覆われた空と遠くで光る稲妻だった。

ピカッと光り、数秒後にゴロゴロという雷特有の音が鳴ってからは、もう滴ではなくバケツを
ひっくり返したような雨が真っ暗な空から容赦なく落ちてくる。
雷の音に小さく叫ぶ女性の声。
そして、ザーッという激しい雨の音。
もはや駆け足なのは俺だけじゃない。
俺の周りの人達も傘を持つ人以外は、みんな走っていた。
突然の夕立に近くにあるコンビニに入り、傘を買うことも出来たが、自分の気持ちに急かされていた俺は、
そんなことを考えつくこともなく走り続けた。

まるでシャワーのような雨を浴びながら走り続け、スーツが水浸しになった頃、俺は目的のマンションの
梶の部屋の前に辿り着いた。

このドアの向こうに梶がいる。
そう思うとベルを押す指は震えた。

散々、駅から梶に会う為に走ってきたのに。
出て来て欲しいような欲しくないような複雑な気持ちでドアの前で待つ俺の目の前でドアが
ゆっくりと開く。
そして、開いたドアの向こうではドアノブを握ったTシャツにトレーニングパンツという
寛いだ姿の梶がいた。

「え…?真幸…?えっ…なんで、お前…」

俺の顔を見るなり梶は驚いた顔をした。

「なんで、ここ…いや、それより、お前、ずぶ濡れじゃないか!」

俺の顔を見た後、視線を俺の顔から足先まで移した梶はドアの前で立ち尽くす俺の腕を掴み、
マンションの中へと導く。
そして、俺はその梶の手に引かれるまま玄関へと入った。

「取り敢えず、早く上がれ。で、シャワー浴びろ。て、その前にタオルか」

髪の毛から滴り落ちる滴を拭うこともしないで玄関に突っ立ったままの俺に梶はタオルを取りに
行こうとして俺の腕から手を離そうとする。
その離れかけた梶の手首を俺は掴んだ。

タオルもシャワーも今はいらなかった。
緊張のせいで散々、濡れたのに寒さも感じない。

「…真幸?」

自分を引き留める俺に梶は訝しげな顔をする。
そんな梶の顔を見た俺は改めて心を決めた。

「俺…俺、お前が好きなんだ…」

仕事を途中で放り出して、散々、走って、やっと辿り着いたのに。
もっと気の利いた言葉もあるはずなのに。
いざ、梶を前にして出て来た言葉は中学生の告白みたいな言葉だった。

「え…?」

突然の俺の告白に梶は驚いた顔をして言葉を失くしている。

「ずっと…あの日から、お前と別れてから後悔してた。お前は自分のやりたいことを
 見付けて、どんどん、それを叶えていくのに、俺には何もなくて…だから、お前が
 羨ましかった。あの日、旅に出るって言ったお前が、羨ましくて妬ましくて…
 俺だけが、置いてけぼりになりそうで怖かった。だから、あんなこと言った。
 お前に八つ当たりした。お前と別れた後も、ずっと一人で意固地になって…でも、
 ずっと忘れられなかった…雨が降るたびにお前のことを思い出してた…」

何が言いたいのか、何を言えば伝わるのか考えることも出来ず、ただ、頭に浮かんだことを
次から次へと言葉にする。
支離滅裂なまま一気に話した俺は梶の手首を話した。

「ごめん…何が言いたいか分からないよな」

伝えたいことも上手く伝えられない自分が情けなくて無理矢理、笑おうとする。
だけど、笑顔は作れなかった。

「分かるよ。真幸が何を言いたいかちゃんと伝わった。だから取り敢えずシャワー、
 浴びてくれ。それから、ゆっくり話そう」

笑うことも出来ず、俯きかけた俺の耳に梶の言葉が、届く。
その梶の優しい声に慰められ顔を上げると声以上に優しい梶の笑顔があった。






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