… rain … 13






俺の知らない、知ることの出来なかった梶の十二年。
もし、もし、あの時、笑顔で梶を送り出していたら。
梶が苦しかった時、俺は梶の側で、少しでも梶の役に立てていただろうか。

考えても仕方ないことを考え、黙り込む。

「梶が、星野君に親父さんの再婚の話をしなかったのってさ、星野君に
 ガキだと思われたくなかったからじゃないかな」

しかし、俺が黙り込んだのを梶に話して貰えなかったことで落ち込んでいると勘違いした
比企さんは、俺にそう言った。

「ガキですか…?」

「うん。だって高校生にもなって親の再婚を嫌がるなんてガキっぽいだろ?」

確かに子供っぽいと言われれば子供っぽいが。

「きっと、格好つけたかったんだよ。星野君の前では、格好いいヤツで
 いたかったんじゃないかな」

そんなこと考えたこともなかった。
あの頃、周りに同化せず、自分を貫いている梶が俺には格好良く思えた。

「星野君の知らない間に色々、あったから成長はしてるんだろうけど、
 アイツ根っこは、まだガキだよ」

比企さんが、話したことは俺が考えてもいなかったことばかりだった。
あの頃、何の目標もなく、ただ日常を過ごしていた俺の方が、俺は、ずっと子供だと思っていた。

「なんて。まぁ、アイツと同じくらい俺もガキなんだけどね」

自分では考えもしなかったことを言われ、黙り込んだ俺に比企さんは微笑う。

「因みにアイツ、今も星野君の前じゃ格好つけてるよ」

「それは…」

まるで最後に開けたプレゼントが、一番、欲しかったプレゼントのような比企さんの言葉に
続きを聞きたくて問い返そうとする。
しかし、その俺の問いは店のドアが開いたことで流れた。


結局、その日、俺が店にいる間、梶が、店に現れることはなかった。

















あの日、梶が呟いたようにそれからのひと月は、あっという間だった。

梶が出勤してから俺が出勤し、俺は深夜二時には上がる。
日曜日に開店準備のために早く出勤したとしても常に誰かがいる。
そんな状況でスタッフルームでの短い会話以来、梶と二人だけで話すことはなくて。
ただ時間だけが過ぎていき、俺はバイト最後の日を迎えた。

俺のバイト最終日、その日は梶の完治祝いということもあり、店は入れ替わり立ち替わりに
訪れる常連のお客さん達で賑わった。

賑やかな話声に笑い声。
今まで話すことも知り合うこともなかっただろう人達との会話。
社会人になれば自分から努力しない限り、人間関係は狭くなる。
ましてや人付き合いの苦手な俺にとって梶の店で知り合った人達との会話は自分でも
気付かなかった自分を知ることが出来たいい機会になった。

ただの手伝いだと思って始めたバイトだったのに。

本当に楽しかった。
今日で最後だと思うと寂しいと思うくらい、俺にとって、このふた月は大切な時間だった。














「え?!マジで、星野さん、今日で終わりなんですか?!」

俺のバイトが、今日で終わりだと知った小池君がカウンターから軽く身を乗り出し、驚きの
声を上げる。

「なんだよ、小池君。俺も今日で終わりなのに、俺のことはスルーで星野君の
 ことには食いつくんだ。へぇ」

カウンターの中では比企さんが大袈裟に拗ねた振りをする。

「いや、比企さんと会えなくなるのも寂しいですけど…。俺、星野さん、好きなのに」

「おいおい、どさくさに紛れて告るなよ」

大袈裟に肩を落とす小池君に比企さんが突っ込む。

「いや、マジで、すっげぇショックなんですけど。だって、星野さんと話すと
 癒されるっていうか」

「小池君は星野君に良くグチ聞いて貰ってたもんなぁ。まぁ、あれだ。
 早くグチ聞いてくれる彼女見つけなさい」

「えー。だって、星野さん以上の人いませんもん」

まるで捨てられる犬のように肩を落とす小池君に比企さんが笑う。
その比企さんにつられ梶も笑い、店の中は和やかな空気で満たされた。

「僕の方こそ、ふた月、有難うございました。店に早く馴染めたのも小池君のお陰だよ」

「い、や、俺なんか…別に何もしてないです」

何も知らない俺が、店に馴染めたのは梶達の手助けは勿論のことだが、お客さん達の人柄もあった。
そう思い、礼を言った俺に小池君は、照れ臭そうに視線を泳がせた。

梶の人柄なんだろうか。
店の客筋はかなりいい。
常連なのだから当然かもしれないが、みんながこの店を大切にしている。
そんな雰囲気を感じ取れる、ふた月だった。

出来るなら、このまま、ずっと店を手伝いたい。
ふと、そんな感情が湧いたが、それは中途半端な手伝いで美味しい部分しか見ていない俺の
甘えだと思った。





結局、その日は比企さんと俺が最後ということで、店を閉めてから、梶と巧己君が簡単な
送別会を開いてくれた。


『送別会も何も、又、客として来るし。星野君も、又、飲みに来ればいいよ。
 コイツがバカやらないように時々、見張りに来てやってよ』


比企さんは、笑いながら、そう言った。
その比企さんの言葉に俺は何て返事をすればいいのか分からなくて微笑った。


『本当に又、飲みに来いよ』


梶は相変わらず優しい目をしていた。


『絶対、絶対、遊びに来て下さいね』


比企さんと梶の言葉の念押しをするように巧己君も言う。
そのみんなの優しさに俺は素直に頷いた。



きっと、再会した時から、駄目だった。

再会した途端に、どうやって今まで自分の気持ちを抑えていたのか分からないほど心は傾いた。

俺は梶を忘れていない。

その事実にただ俺は今更ながらに戸惑っていた。







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