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layla … 8






「…本当だよ。お前だけだ」


大人の恋愛に嘘と駆け引きは付き物でそんな恋愛を繰り返してきた俺にとって
こんな嘘くらいなんてことはない。
だから、今だって俺は真実のような口調で直を安心させる為に嘘をついている。
誰とも来たことはないと。
しかし、今回は真奈美さんの言う通り荒療治が過ぎたらしい。
直はまだ信じられないといった瞳で俺を見詰めている。

「直、頼むから機嫌を治してくれないか」

溜め息の後に俺の口から洩れた言葉は自分でも驚くほど情けない懇願の台詞だった。
彼女にもこんな縋り付くような言葉を言ったことはなかった。
それに誰とも来たことがないというのは嘘だがこの夕日を見せたいと思ったのは
直だけだ。

直だけに見せたいと思った。
これは真実だ。

「機嫌を治しては頂けませんか?」

返事をしない直に苦笑しながら少し茶化して言ってみる。
あの手この手で機嫌を窺う。
それは今まで俺がしてきた大人の恋愛とは程遠い。
主導権を全て相手に持っていかれた情けない恋。

一体、直はどこまで俺を情けない男にするつもりなんだろう。


「…俺の機嫌が悪いと気になる?」

少しの間を空けて返された予想外の言葉。

「あぁ、気になる」

俺は直の無意識な駆け引きに乗ってやることにした。
そんな俺にすぐに次の質問が問われる。

「どうして?」


どうして?


俺の方が聞きたい。

お前こそ何故、そんなことを知りたがる、直。


自分の質問の答えをじっと待つ直に俺は逃げ場を無くした。
直の真っ直ぐな眼差しに見詰められ追い詰められる。
今までのような誤魔化しは許してくれそうに無い。


逃げられない―

俺の敗けだ。


「…お前は俺にとって特別だからだよ」

そう、お前が…

お前だけが特別だ。

他の誰もお前の位置には来れない。

苦笑しながら告げた俺の降伏宣言に直は怒ったような表情をし耳まで赤く染め、
そっぽを向いてしまった。

「…しょうがないから許してあげる」

やっと許してもらえるらしい。
聞こえるか聞こえないかの小さな許しの言葉に俺は

「助かったよ」

と微笑んで答えた。











時には優しく、時には傲慢に男は自分の友人に夢中な女に語りかける。

気付け、お前を愛してるのは誰だ。

お前を見詰めて、ずっと側にいるのは誰だ、と。

俺の手を離したら君は一人ぼっちだ。


歌まで捧げたエリックの恋は実ったのだろうか…


脅したり宥めたりあらゆる手段を使い果たした男は最後に成り振り構わず跪いた。

愛する女の愛を得る為に。
































オレンジ色の太陽はとっくの昔に隠れ、今、俺と直の頭上にはプラチナ色の月が
輝いている。
お腹が空いたと騒ぎ出した直と一緒に夕食を済ませ、本当は成人式が終わってから
連れて来ようと思っていた行きつけのショットバーに俺は直を案内した。

暖かな調光と穏やかなジャズ、大人しかいない落ち着いた店内の雰囲気に直は
少し気後れしている。
そんな直をエスコートし俺は直と一緒にカウンターに腰を下ろした。

「いらっしゃいませ」

バーテンダーの玲が穏やかな笑顔を浮かべる。

「今日は随分と可愛い方をお連れなんですね」

玲の優しい微笑みに直は照れてどうしていいかわからないといった表情を俺に
向けてきた。

「俺の大切な子なんだ。今年、成人式でね。そのお祝いに連れて来たんだよ」

「そうですか。それはおめでとうございます。お祝いでしたら僕も力を入れて
 カクテルをお作りしないといけませんね」

俺の言葉にふわりと玲が微笑む。

「うちでの初めてのカクテルは何になさいますか?」

直を見詰め優しくオーダーを尋ねる玲に直はしどろもどろになっている。

「…恭介…」

助けを求める視線を向けてくる直に俺は軽く微笑み、今日一日を締め括るに
相応しいカクテルをオーダーすることに決めた。

「俺はコロナ、直にはシンガポールスリングを」

「畏まりました」

俺のオーダーに応え、玲がシンガポールスリングを作り始める。
メジャーなカクテルの名前が出てきて安心したのだろう。
直は少し緊張が解けた様子でシンガポールスリングを作る玲の手元を興味深げに
眺めている。

「俺、作ってるところ見るの初めて」

シンガポールスリングが作られる過程を眺めながら嬉しそうに呟く直の横顔を
俺はシンガポールスリングが出来上がるまで見詰めていた。






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