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layla … 7






「…俺、そんなの聞いてない」

強張った表情のまま直はそれだけを言うと黙ってしまった。
ずっと拗ねたような顔をしたまま口もきかなくなってしまった直に夕食を
一緒にと言う佐藤の言葉を断り、俺は直を連れて帰ることにした。



「俺達が会社の話ばかりしたから仲間外れにされたと思って拗ねてるんだろう」

帰り際、佐藤はそう言って苦笑した。

「憧れと恋は違うのにね。直君もそれに気付けばいいんだけど。
 ちょっと荒療治過ぎたかしら」

意味が分からないといった顔をしている佐藤を横に真奈美さんは悪戯な笑顔を
浮かべ、俺にそう言った。
彼女は昔から頭の回転が速かった。
俺と佐藤と彼女は同等に仕事をしてきた。
良い意味でのライバルだった。

彼女はとっくに俺の直に対する気持ちに気付いているのかもしれない。
そして、直本人ですら気付いていない直の気持ちにも。









いつものように直を助手席に乗せシートベルトを締めさせてから車を発進させる。
車が走り出してからも直は口を開こうとはせず、俺と視線を合わせたくないのか
ずっと流れる景色を眺めている。
どうやって直の機嫌を取ろうか考えた末、俺はいつも帰路に使う道路とは違う
道路に車を進めた。

いつもとは違う景色に直が振り返り疑問の視線を投げてくる。
それに答えるように微笑む俺から逃げるように直は何も言わないまま又、横を
向いてしまった。
その直の様子に俺は軽い溜め息を一つつくと煙草を口に銜えそれに火を点けた。



心と体は別だ。

愛は無くてもセックスは出来る。



事実、直に対する自分の気持ちを認めてからも俺は何人かと関係をもった。
だが、それはお互い合意のうえでの後腐れのない割り切った体だけのものだ。

そこに感情は存在しない。

直はそんな俺の行動を知らない。

知られてはいけない―

どんな想いで俺が他の人間を抱いていたのか。



そう、俺が直の身代わりに直以外の人間を抱いていたことは知られてはいけない。



大切すぎて触れられない。

全く、いい年をして何をやっているんだかと思い、いい年だからかと思い直す。
若い頃なら強引にでも自分のものにしていたかもしれない。
しかし、今の俺にそんな勇気はない。
確信もないまま突っ走れるほど若くはない。


大人になるということは臆病になるということかもしれない―





















何も言わないまま高速を走り続ける俺に焦れたのだろう、散々俺を無視していた
瞳がようやく俺に向けられる。

「どこ、行くの?」

まだ、声は不機嫌だが口をきいて貰えたのだから良しとしよう。

「さぁ」

「何、さぁって」

俺を睨み付ける姿は怖いというよりは愛らしい。
そう思い苦笑する。


救いようがない―


どうやら俺は『layla』の中の男より情けないらしい。
自分を睨みつける姿さえ愛おしいなんて。

「お前の笑顔を見れないまま帰れないだろ」

俺の言葉に鋭い視線が揺れる。

「…何、それ」

心の揺れは声にまで表れている。

「お前は笑顔の方が可愛いよ」

「…男に可愛いなんてバカじゃないの」

「そうだな」

そんな遣り取りをしながら湾岸線を走っていると車は俺の目指すポイントに入った。

これで直の機嫌が治るかどうかはわからない。

否、直の機嫌を取ることよりも俺が直とこの景色を見たかったのかもしれない。

「直、左」

「え?なに?」

俺の突然の指示に直は素直に左を向く。

素直に左を向いた直の瞳にはきっと水平線に今にも触れそうなオレンジ色の太陽が
映っている筈だ。
その証拠に直は窓の外から視線を俺に戻そうとはしない。

どうやら、俺のプレゼントは受け入れられたらしい。

「…きれい…ねぇ恭介、すごいよっ」

さっきまで自分が怒っていたことも忘れ、感嘆の声を上げ振り向く。
その、直の様子に俺は堪え切れずくくっと笑ってしまった。
途端に直の顔が膨れる。
どうやら、笑われたことと俺に乗せられたことにむくれたらしい。
又、直は夕日の方に顔を向けてしまった。

「綺麗だろ?」

その後ろ姿に問掛ける。

「…うん」

少し間を空けて返ってきた返事の声は大人しいものだった。

「…ここ、好きだった人と来たの?」

どうやら彼女と来たことがあるのかどうか知りたいらしい。

二年以上も前の俺の失恋を直は憶えている。

「…彼女と来たことはないよ」

人間と動物の違いは嘘をつけるかどうからしい。

「…じゃあ、会社の人とは?」

今度は由香ちゃんのことを言っている。

自分が連れて来られた場所に俺が自分以外の人間と来たことがあるのかどうかを
直は気にしている。

「此処に誰かを連れて来たことはないよ。お前が初めてだ」

「…嘘」

「嘘じゃない」

「…本当?」

振り向いた顔は頼り無さげで俺を見詰める直の瞳に俺は直を抱き寄せたくなった。






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