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layla … 6






佐藤の結婚から三年が経とうとしている。
直の思惑とは裏腹に佐藤の結婚生活は順風満帆に過ぎている。
去年、家族も一人増えた。
直は一月に三回は佐藤の家に遊びに行っている。
そして、俺は直の運転手兼付き添いで毎回その訪問に付き合わされている。
エスカレーター式で大学に進んだ直は去年一人暮らしを始めた。
佐藤を奪られた最大のライバル真奈美さんに直は気に入られ今ではすっかり彼女の
ペースに巻き込まれている。
月、三回佐藤の家に遊びに行くというのもどうやら彼女の厳命らしい。

「だって、遊びに行かないと電話かかってくるんだよ」

佐藤の家に向かう俺の車の中で直は口を尖らせそう言った。
面倒臭いというような表情をしながらも直は直で真奈美さんに懐いている。


























「ねぇねぇ、直君の服買っちゃった」

俺達をリビングに招き入れ、コーヒーとココアを出した真奈美さんは声を弾ませ昨日、
買ったというシャツを直の前で広げて見せている。
ブランド物では無いもののそのシャツはシンプルでセンスの良い物だった。

「でも、まだ直には早いんじゃないかな」

少し大人向きのデザインに佐藤が口を挟む。

「そんな事ないわよ。もう二十歳なんだから。ねぇ、坂口さん」

同意を求める言葉に俺は微笑んで頷いた。

「そうだ、着てみたらわかるよ。絶対、似合うわ」

「えっ?着替えるの?」

「いいじゃない。早く」

真奈美さんに背中を押され直はシャツと一緒に寝室に消えた。


















「ほら、やっぱり似合ってる」

寝室から照れ臭そうに出てきた直に俺は言葉を失った。
まだ大人に成りきれていない不安定な身体をグレイのシックな細身のシャツが包んでいる。
幼さの中に潜んでいる危うい艶に俺は言葉をかけることも出来ず直を見詰めていた。


少し目を離すと子供はすぐ大人になる。

今、俺の目の前に出会った頃の子供の直はいない。


直はいつ大人になったのだろう…


そして、俺は何時から直を好きになったのだろう。


佐藤の結婚式の日、埠頭で初めて直を抱き締めた日、俺の頭をかすめた予感は何時からか
否定しようの無い現実になっていた。

年の離れた弟のような存在だった直は今、俺にとって大切でかけがえのない存在になっていた。


「凄く似合ってるでしょ?坂口さんもそう思わない?」

手の中の大切な宝石は月日を重ねるごとに輝きを増し俺を魅了していた。

「…あぁ、良く似合ってる」

宝石の眩しさに俺は目を細め微笑みながら在り来たりの誉め言葉を口にした。
俺の感想に直は目元を薄く色付かせると俺から視線を外した。

「…恭介は気障なんだよ」

「普通に感想を言っただけだけど」

「その言い方が気障なのっ」

照れ隠しにぶっきらぼうな言い方をするのは直の癖だ。
さっきまで俺を魅了していた大人の色香は消え、もう、直の顔はいつもと変わらない
子供のものに戻っている。

「坂口の言う通り、本当に似合ってるよ」

「雅兄、本当?似合ってる?」

佐藤の褒め言葉に直は飛び付いている。
佐藤の褒め言葉には素直に喜ぶくせに俺の言葉には気障の一言。
なのに俺の視線から不自然に目を逸らす。

「だから、言ったじゃない似合うって。それに直君ぐらいよ、坂口さんに
 褒められて気障なんて言うの」

呆れたような真奈美さんの口調に直は口を尖らせた。

「だって…」

「うちの会社の女の子が聞いたらびっくりするわ。みんな、坂口さんの気を
 惹こうって必死なんだから」

大袈裟な彼女の台詞に俺は苦笑するしかなかった。

「…恭介ってそんなにモテるの?」

佐藤に褒められ嬉しそうだった顔は一瞬にして訝しげなものに変わった。

「真奈美さんは大袈裟なんだよ」

「坂口さん、鈍感なんだから。この前だって受付の由香ちゃんに食事誘われてた
 じゃない。彼女、坂口さんと食事に行くんだって私にまで報告しに来たんだから」

「相変わらずだな、お前は。由香ちゃんって言ったらうちの人気NO.1だぞ」

溜め息混じりの真奈美さんの言葉に佐藤は驚きの表情を浮かべた後、結果を
聞きたいといった視線を俺に向けてきた。

「食事には行ったよ」

「それで?」

「別に、食事してそれだけだよ」

呆気ない俺の返事に佐藤はつまらないといった顔をした後

「まぁ、お前らしいな」と言い笑った。

実際は食事の後、ホテルに誘われた。
誘うといってもあからさまでは無かったが。
しかし、若さと美貌が自分の武器だと悟り切っているうえでの媚に嫌気がさし
やんわりと断わった。
それに会社の人間に手を出すほど馬鹿じゃない。

「もう、この話はいいだろう」

違う話題に変えようと苦笑を洩らしながら話を切った俺の目に写ったのは
強張った表情をした直だった。






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