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layla … 2






直と初めて会ったのは直がまだ十五歳の時だった。

会社の同僚で友人の佐藤との待ち合わせに佐藤と一緒に現れたのが直だった。

「夏休みで俺の所に遊びに来てるんだ。直、こっちは坂口。俺の会社の同僚だよ」

佐藤の後ろに隠れこっちを窺うように見詰めているほんの子供だった。

「初めまして、直君」

「…初めまして」

ようやくといった返事に佐藤がフォローを入れる。

「一人っ子だから直は内弁慶なんだ。なぁ、直」

佐藤に頭に手を置かれ直は口を尖らせた。

「子供扱いしないでよっ」

「まだ、子供だろーが」

二人のやり取りには二人の関係が表れていた。
佐藤にとって直は年の離れた弟のような存在だったのだろう。
佐藤が直を可愛がっていることは初めて二人を見た俺にもすぐに分かった。

しかし、直は違った。
あの当時から直は佐藤が好きだった。
弟以上の存在になろうと必死だった。

直にとって従兄弟だとか同性だとかは取るに足らない問題だったらしい。
中学卒業後、地元の高校には行かず佐藤の家から通える高校に進学した直は佐藤の
自宅で下宿を始めた。
俺と直が親しくなり始めたのもこの頃からだ。
住む所が一緒の為か佐藤との待ち合わせには必ずと言ってもいいほど直が引っ付いてきた。
弟がいた俺は自然に直と親しくなっていった。
直が俺のことを坂口さんから恭介と名前で呼ぶようになったのもこの頃からだ。
そして、佐藤に彼女が出来たのもこの頃だ。
佐藤は薄々、直の自分に対する気持ちに気付いていたのだろう。


「真奈美のことは直に黙っていてくれないか。いずれ時期をみて俺から話すから」

と俺に言った。

「分かったよ」

と俺は答えた。

俺も直の気持ちに気付いていた。
しかし、この頃は俺にとって直の佐藤に対する気持も佐藤のことも人ごとで別段、
興味は無かった。

そう、この時俺にとって直はまだ佐藤と同じく年の離れた弟ぐらいの存在でしか無かった。


この時までは―。



直を傷付けないためにか佐藤は少しずつ直との距離を置くようになった。
そんな佐藤の代わりに俺の元には直からの連絡が入り出した。
あそこに連れていけ、あれが食べたい、あれが見たいと俺は佐藤に代わって直に振り回された。
だが十三歳も下の子供の我が侭は可愛いものだった。
それに直に振り回される忙しさはこの時の俺には救いだった。
何故なら俺はこの頃三年続いた恋人と別れたばかりだったからだ。


そんな直との関係が続いていたある日、土曜日の夜久し振りにマンションでくつろいでいた
俺の所に直が訪ねて来た。
ドアを開けて直の顔を見た途端、俺は直がマンションに来た理由が手に取るように分かった。
部屋に招き入れコーヒーを出した俺に直は口を開いた。

「恭介、知ってたんでしょ」

責めるような口調だった。

「何をだ?」

「雅兄が結婚すること知ってたんでしょっ」

この年頃の子供は不思議だ。
突然、こっちが驚くほどの大人の顔をすることがある。

「知ってたよ」

「なんで教えてくれなかったのっ」

「教えてたらどうしてた?」

「…あんな女に雅兄を渡さなかった…!」

子供の直はそこにはいない。
俺の目の前にいるのは佐藤の彼女に嫉妬している大人の顔をした直だった。

「佐藤には佐藤の人生がある。渡すとか渡さないとかあいつは物じゃない。
 佐藤はお前の物じゃないだろ?」

宥めるように言った俺に直は黙り込んだ。

「…あの人、恭介のファンだったんでしょ?」

沈黙の後、話出した直が何を言いたいのか俺には分からなかった。

「…それは初耳だな」

「雅兄が言ってた。恭介はモテルって、あの人だって恭介のファンだったのを
 頑張って振り向かせたんだって」

俺を見据える瞳は真剣そのものだ。

「で?」

掴めない直の言動に問掛けた俺に直は顔色ひとつ変えず言った。

「…雅兄からあの女、奪ってよ」

とんでもなく自分勝手で酷いことを言っているのに直は、直の顔はとても綺麗だった。






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