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layla … 10






帰り着いたマンションで酔いのせいで少しふらついている直をソファーに座らせる。
直に渡す為のミネラルウォーターを冷蔵庫に取りに行こうと俺は俺の腕を掴んでいる
直の手をそっと外そうとした。

「…どこ行くの?…」

しどけなくソファーに身体を預けたまま、直は潤んだ瞳で俺を見上げてきた。

「水を取りに行くだけだよ」

「水なんかいらない」

まるで掴んでいる腕を離すと俺が遠くに行ってしまうといった感じで直は俺の腕を
掴んでいる。

「飲んだ方がいい、少しは楽になる」

俺の助言に直は小さく頭を横に振る。

「…いらない」

「…直」

弱り果てた俺の声に直は俯いてしまった。

「分かったよ。何処にも行かないから安心しろ」

直が安心するように優しく伝え、空いてる方の手を直の頭の上に乗せ、頭をくしゃと
撫でてやる。
酔っているせいで感情のコントロールが弱くなっているのだろう。
直の横に座り、そっと直を胸元に抱き寄せる。
そして、何度も何度も頭を撫でてやる。

「…俺、あの歌のこと雅兄に聞いた」

そんな俺の胸元から直の声が聞こえる。

「…あの歌って自分の友達を好きな人に振り向いて欲しくてエリッククラプトンが
 作った歌なんでしょ」

抱き寄せているせいで直の表情は見えない。

「…そうだよ」

そう、自分の友人を好きな女に振り向いて貰う為に作った歌。

「…どうして俺と一緒の時にその歌、聴くの?」

直のストレートな質問に俺は苦笑を洩らした。

「さぁ、どうしてだろうな」

大人の余裕を浮かべた俺の返事に直は間を空けずに切り返してきた。

「はぐらかさないでちゃんと答えてっ」

自分の頭を撫でる俺の手を振り払うように直が俺を見上げる。
俺を見上げるその瞳は潤んでいる。
この俺のレイラは俺に自分と同じようにストレートになることを求めているらしい。
しかし、それは無理な話だ。

俺はそんなに強くはない。


だから…

だから、ずるい臆病者の俺が一歩を踏み出す為の確証を与えてくれ。


「…恭介はずるいよっ。いつだって俺より大人で全部、分かってるような顔してっ」

なかなか答えない俺に焦れたのだろう。
拗ねたように直は吐き捨てた。

「俺が恭介にこの歌、好きなのって聞いた時、恭介俺の歌だって言ったよね?
 それってどういう意味?」

なかなか自分の質問に答えない俺に詰め寄る直の瞳には涙が浮かんでいる。
今にも溢れ落ちそうな涙と苦しげな表情に胸が締め付けられる。
まだ、子供で憧れと恋の違いも分からない直にこんな顔をさせるなんて自分は
なんて残酷なんだろうと思う。
でも、その思いとは裏腹に佐藤の結婚の時ですら涙を見せなかった直が俺の為に
涙を浮かべているという事実は俺にこの上ない充足を与えた。

「本当は気付いてるんだろう?」

そう、気付いているんだろう…直。

だから…

お願いだから、俺の仕掛けた罠に掛かってくれ―


「…嫌い」

切なげに俺を睨む瞳。

「本当に?」

卑怯な台詞。

「恭介なんて嫌い」

「本当に?」

そんな、甘い声で囁く嫌いなんて台詞は聞いたことがない。

「恭介なんて嫌い…恭介といると苦しい。ねぇ、なんで?
 雅兄の時はこんなんじゃなかった。ねぇ、なんで?」

泣きそうに呟く。

憧れと恋は違う。

相手の一つ一つの仕草や言葉に胸を掻き乱されて相手を想うだけで切なくて
苦しくなる。


直、それが本当の恋だよ。


「それはお前が俺を好きだからだよ」

直の頬を両手で包み込み、瞳を見詰めながら優しく答えを与える。

「…恭介は?恭介は俺のこと、好き?」

少しの沈黙の後、呟かれた言葉に俺は確証を得た。

もう、いい――

俺はお前が望むならいくらだって跪けるし、みっともなくもなれる。
我が侭も強がりもお前のすることなら全て受け入れてやれる。
俺の世界は全てお前を中心に回っている。

「好きだよ、俺はお前のものだ」

俺の運命は全てお前の手の中にある、お前の好きにしていい。

「…本当?」

「あぁ」

俺の告白に直の瞳から一粒の涙が溢れ落ちた。
それを掬うように目尻に口付ける。
やっと、手に入れた恋人の涙は海の味がした。

「直、好きだよ」

甘く、とても甘く囁きそっと顔を寄せる。
次に起きることを予感して瞳を閉じた直と俺は直を想い続けた時間とは反比例した
短い触れるだけの口付けをした。






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