… holiday … 2






“お疲れサマ”

その労いの言葉の代わりにオレはオヤジの唇を塞いだ。
ネクタイを引き寄せて。

繋がった唇の中に潜むオヤジの舌はタバコの味がした。

有言実行。
言い訳がキライ。
冷静な合理主義者。
人を惹き付けるカリスマ性で熱狂的な信奉者がいるかと思えば、クールな性格が災いして一部の
人間からは冷血漢と呼ばれてる。
しかし、そんなオヤジはタバコをやめれない。

禁煙なんて、オレと付き合いだしてから何回したか覚えてられないくらいしてた。
でも、結局、やめれない。
それは、イヤミなくらい自信に溢れてるオヤジの唯一の弱さかもしれない。
そして、オレはそんな完璧なオヤジの弱さが愛しい。

オヤジの今までのレンアイ経験を物語るキスの巧さがオレを煽る。
仕事が完璧で自信に溢れてるオヤジはキスも巧い。
まぁ、オレより十年も長く生きてるんだから当然だけどね。
でも、今日はそれに流されるワケにはいかない。
だから、オレはオヤジに舌を絡ませたまま、オレに覆い被さろうとするオヤジの体をベッドに
押し倒した。

大人の余裕っていうの?
オヤジはそんなシュチエーションを楽しんでる。
そのオヤジの余裕がオレを駆り立てて。
オレはオヤジの唇から自分の唇を離すとオヤジのネクタイを解き、シャツのボタンを外した。

「直人?お腹空いてるんだろう?」

オレが本能で生きてることを知ってるオヤジはオレの行動を楽しみながらもオレの機嫌を伺う。
頭いいくせに時々、物分かり悪いんだよね。

「うるさい、黙ってて」

人間の本能ってのは、食欲と睡眠欲だけじゃないでしょ?。
そう、人間の三大欲求は食欲、睡眠欲。
そして、性欲。
ついでに言うと男って生き物は自分の生命が危機にさらされるとヤリたくなる。
ほら、だって、自分の遺伝子を残さないといけないから。
なんて。
オレとオヤジのセックスは何も産まないけどね。

オヤジのシャツのボタンを外し、現れた年齢のワリには引き締まった胸に舌を這わす。
ピローに背中を預け、オヤジはオレにさせたいようにさせてる。

喰らい付きたい。
年齢のワリにはハリのある適度に焼けたオヤジの肌に。
肉に。
全てに。

少し歯を立て、オヤジの肌に噛み付く。
本能のままのオレの突然の行動にオヤジの筋肉がピクッと反応する。
そのオヤジの反応が楽しくて、オレは唇を下に移動させるとオヤジのスラックスのベルトに手を
かけた。

「直人…?」

ここにきて、ようやく余裕たっぷりだったオヤジが少し背中を浮かす。

たまには本能のおもむくままっていうのもいいんじゃない?
ホラ、衝動のままってやつ。

オヤジがオレをどれだけ大事にしてくれてるかってのは、十分感じてる。
今までオレが付き合ってきた人間の誰よりもオヤジはオレを甘やかせてくれる。
甘いセリフをはきながら優しい手付きでオレに触れ、オレを抱く。
そんな当たり前に、当然に与えられる優しさに気が付いた時には、オレはオヤジに嵌ってた。
さすが、エリートビジネスマン。
脱帽って感じ?

元々、甘やかされるのは大好きだ。
優しくされるのも。
でも、ホラ、まだ若いから、欲張りなオレは、たまには少し乱暴に荒々しく奪って欲しい、
なんて思ってしまう。
だから、オレは放っておいたら、いつまでも紳士だろうオヤジを今日はムシすることにした。
だって、せっかく外国なんだし、ねぇ?

ベルトが外れたスラックスのファスナーを前歯で噛み、上目使いで、オヤジの様子を見ながら
下ろしていく。
オヤジはまだ、紳士の振りをしてオレの行動を困ったような顔をして見てる。
でも、オレを止めはしない。
なんだよ、自分だって期待してんじゃん、エロオヤジ。
オヤジが期待してる以上、これからはゲームだ。
わざとオヤジに見せつけるようにオヤジのボクサーパンツの上からオヤジ自身をなぞる。
そのオレの行動にオヤジは苦笑を洩らした。

「シャワーを浴びて来るよ」

ホント、変な所でカタブツなんだから。

「シャワーなんて、いいじゃん」

「汗をかいてる」

「いいよ。あんたの汗の匂い興奮する」

「直人…」

困ったような声にセリフ。

「その場の状況に応じて、臨機応変に対応するっていうのは、エリートビジネスマンの
 必須条件なんじゃないの?」

いつもの見慣れた隙のない余裕の顔もカッコイイけど、困った顔もいいんだよね。

「もしかして、僕を困らせて楽しんでる?」

ハイ、楽しんでます。
なんて、当たってても言えるワケないじゃん。

「困ってんの?」

だから、素知らぬ振りをして聞いてやったのに。

「少し、ね」

オヤジの返事はオレの期待したモノとは違った。

何が『少し、ね』だよ。
正直に『困ってる』って認めたら許してやるつもりだったのに。
大体、ズルイんだよね。
そう、オヤジはズルイ。
もう、どちらかが、口火を切ったら恋人って関係に進むって段階になって、オヤジはオレを
はぐらかした。
今、思い出すとアレは完全にハメられた。
毎日のメールに週末毎の食事。
散々、オレを甘やかして、自分がオレの側に居るのは当たり前の状況を作っておいて、オヤジは
核心には触れない。


『僕なんて、只のオヤジだよ』


少し渋めの笑顔を浮かべ、タバコの煙の向こうでオヤジはそのセリフを繰り返す。
そして、何度目かのそのセリフにとうとうオレは痺れを切らした。


『オヤジだから、なんなのさ。ウザイ。オレのこと好きなの?キライなの?どっちだよ』


エリートビジネスマンは駆け引きがウマイ。


『好きだと言ったら、君は僕を受け入れてくれるのかな?』


質問を質問で返すなよ。
なんて思いながらもオレは自分を止められなかった。


『今日、オレんち泊まる?あんたが決めなよ』


多分、酒の勢いもあった。
でも、それよりもオレはいざとなったら逃げるオヤジに苛立っていた。


『君が受け入れてくれるなら、僕はいつでも』


運命のその夜、オヤジはオレのマンションに泊まった。
だけど、その夜、オレ達には何もなかった。






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