… holiday … 1






優雅なオヤジだと思う。
海外出張に愛人、もとい恋人同伴なんて。
なんて、言いながらついて来たオレもオレだけど。

海外旅行は二回目だ。
初めて行った所は韓国。
それも大学の卒業旅行なんて、ベタな旅行で。
で、二回目がここ、シンガポール。
初めての旅行が青春の記念なんて、清々しいモノに対して、二回目の旅行が十三歳も年上の
オヤジ…じゃなくて、恋人の出張に同伴なんてのはいかがなモノか。


















「明後日から一週間、シンガポールに出張なんだ」

「ふぅん」

「これは、直人(なおと)の分のチケットだよ」

「へぇ、オレの分のチケットね…って、ハァ?!」

大人のシンシシュクジョが集う、オシャレなバーで、オレは素っ頓狂な声をあげた。

「ちょっと、あんた、ナニ考えてんのさ?オレ、仕事あんのに行けるワケないじゃん!」

周りの目を気にして声を潜めたオレの横でどっからどう見ても“紳士”という名称しか
当てはまらないオヤジは優雅な笑顔を浮かべていた。

「大丈夫だよ。直人の会社にはちゃんと話を通したからね」

優雅な紳士は時々、超ワガママな子供になる。

「ハァ…」

オヤジはオレの会社の親会社のおエラ方だ。

「あんた、職権乱用て言葉知ってる?」

だから、うちの会社でオヤジに逆らえるヤツはいない。

「これくらいのご褒美がないと苦労して這上がった意味がないだろう?」

「あんたが言うとイヤミにしか聞こえないんだけど」

「それは心外だな。これでも苦労はしたつもりだよ」

「苦労ねぇ」

親会社にヘッドハンティングされ、二年で専務の座に着いた人間の苦労なんて凡人のオレには
未知の世界だ。

「ちなみに直人が一緒に行ってくれないと菅原部長は次の人事移動で降格に
 なるかもしれない」

しかも、オレが世話になってる菅原部長を盾にとるなんて、職権濫用どころかこれは強迫って
言うんじゃないのか。

「…分かったよ。行きます。行けばいいんだろ」

大きな子供のワガママに負けて溜め息をつく。

「楽しみにしてるよ」

そんなオレの横でオヤジは大人の男特有の渋い微笑みを浮かべた。















で、そんな遣り取りがあって、オレはここにいる。
ついて来たはいいが、オレは英語が出来ない。
それに内弁慶な性格もあって、初めて来た国を一人でウロウロ出来るほど、根性も据わってない。
だから、結局、オレはオヤジが帰ってくるまで、ホテル内から出れない。

「まぁ、別にいいけどさぁ…」

もともと来たくて来たワケじゃないし。

広いベッドに寝転がり、ぼんやりとバルコニーから見える日本とは違う青い空を眺める。
違う国にいるってだけで、空すらも普段とは違うように見えるなんて、オレもげんきんだよな、
なんて。
そんな、センチメンタルな自分に浸りながらオレは自分よりも年上のオヤジ達にクールに仕事の
指示を出してる“ワガママな紳士”を想像しながら、ホテルのベッドの上でまどろんだ。























まどろむハズがすっかり寝入ってしまったオレが目を覚ますと部屋の中はすっかり暗くなっていた。

「…腹減った…」

ぽつりと呟いても返事はない。
オヤジはまだ、帰ってない。

「有り得ねー…腹減った…」

出張初日からこれかよ。
てか、まさか、支社の人達と飯食いに行ったなんてことはないよな…

「まさかね…」

イヤミなくらい自信満々で、キザなオヤジだけど、オレを放り出して、飯を食いに行ったりはしない。
それはオヤジがオレにくれた確な自信だ。


“これでも苦労はしたつもりだよ”


苦労、ねぇ…

シンガポールだ、香港だと海外出張だと聞くたびに海外旅行に近いもんじゃないかと思ってた。

でも…

余裕たっぷりの涼しい顔をして、オレの知らないところでオヤジは苦労してるのかもしれない。
そして、そういう自分をオレに見せないのはオヤジの年上としてのプライドかもしれない。

「…かっこつけヤロー…」

自分より一回りも年上なのに愛しい。
そう思ってしまった時点で、オレはオヤジに敗けてる。

なんかなぁ…

はまっちゃったよ。
十三歳も上のオヤジに。

でも、イヤな気はしない。
だから、オレはベッドの上で一人笑って、腹を空かせてオレの所に帰って来るだろうオヤジを
待ってやることにした。


動くと余計に腹が減りそうなので、オレはベッドでゴロゴロしながらオヤジを待った。

待った。
そう、一時間も。


「…有り得ねーって…マジ、腹減った…」

自慢出来ることでもなんでもないが、オレは本能で生きてる。
だから、そんな本能で生きてるオレは腹が減ってる時に飯を食わせてもらえないことと、
眠い時に寝かせてもらえないことが一番嫌いだ。

「腹減った…」

こんな時間まで、オヤジも大変だと思う。

思うけど…

余りの空腹に動く気にもならなくなったオレが寝返りをうった時、ようやく待ち詫びた足音は
聞えた。





















「ごめん、遅くなって」

スーツのジャケットを脱ぎながら、オヤジはオレの所にやって来た。

「腹減った…」

「ただいま、直人」

ベッドにうつ伏せに寝転んだまま、顔だけ上げたオレの額にオヤジはいつものようにキスを
する。

「悪かったね。何か食べに行こうか?それともルームサービスでもとろうか?」

申し訳なさそうに笑い、オレの機嫌を伺う。

長時間、飛行機に乗り、ホテルに荷物を置いてすぐに支社に行ってこんな時間まで、仕事して
疲れてるハズなのに。
十三歳も下のオレの機嫌を伺うオヤジが情けなくて、愛しくて。
オレはオヤジの晩御飯の提案には応えず、オヤジのネクタイを掴むとオヤジの顔を引き寄せた。






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