… ヘヴン … 1










『コイツは俺が飼う』


要塞のようなビルの一室で男は口の端を上げ、笑いながらそう言った。
そして、その日からオレの生活は変わった。























「冷たいヤツだな、起きて待っててくれてもバチは当たらねぇだろう?」

せっかく眠りかけたのに。

「なんだよ」

「なんだよじゃねぇだろう」

オレの背後からベッドに潜り込んできた山本はすでにオレのTシャツの中に手を
滑り込ませてきている。

「寄り道もしねぇで真っ直ぐ帰って来たんだぞ。うん?」

「ちょっ…ん…」

オレの耳元で囁く声は機嫌をとるような調子を含んでるくせに指は無遠慮にオレ素肌を
撫でる。


“寄り道はしていない”

どこまで本当か分からないセリフ。


「二週間、二週間だぞ。二週間、我慢したんだ。なぁ?」

「…ん…」

項を甘噛みされ、心より先に体が反応していく。

「オレに関係ないだ…ろっ」

オレが寝てる間に勝手に出て行ったくせに。
一晩中、オレを掻き回して立てなくなる程にしたくせに山本は二週間、電話一本も
寄越さなかった。

「なぁ、悠(ゆう)、俺がいない間、どうしてたんだ?」


俺が欲しかっただろう?

質問に隠された意味に体がカッと熱くなる。

「アンタなんかっ…」

アンタなんか待っていない。

そう言ってやろうと思って頭だけ振り向く。

「悠…」

だけど、振り向いた先にあるあからさまな欲望を浮かべた山本の目にオレは何も
言えなくなった。

「なぁ、悠、ヤラセろよ」

猫撫で声と一緒に山本の指はオレの体に火を灯す為だけに蠢く。

「は…ぁ…ん」

欲望は飛び火するのかもしれない。
すでに体は山本に従おうとしている。

「二週間、どこにも突っ込んでないんだぞ?」

「どうだ…かっ」

耳朶が緩く噛まれ、オレの理性を消す為の言葉が耳元から低い掠れた声で注ぎ込まれる。
山本に与えられる快楽に溺れかけながら、オレはギリギリの抵抗をする。

「二週間、お前が恋しくてしょうがなかったよ」

何も言わず出て行って、連絡もしてこなかったくせに。

「俺以外のヤツに触らせてねぇだろうな?」

そんなことが出来ないことは自分が一番良く知ってるくせに。

「バカじゃないの…っ…」

「あぁ、そうだな」

山本がいない二週間、オレには見張りがついた。
表向きはボディガードという名目の。

自分は黙っていなくなって連絡ひとつ寄越さないくせにオレには二週間、見張りをつける。
山本の気持ちが分からない。
どうしてオレを抱くのか。
どうして俺に見張りをつけるのか。
山本にとって俺は一体なんなのか。

蕩け出した体に頭が支配される。
山本の手が、指が触れる度に体は喜んで先を求める。

いろんな男と寝たけど、どんな男とのセックスも山本とのセックスには敵わない。
根こそぎ奪うくせに溢れるほど与えられる。
山本のセックスはまさに気高い獣のセックスだった。





















二週間振りに貫かれた体が違和感を感じたのは最初だけだった。
いつものように山本の腰に足を絡め、山本の体に縋り付く。
さっきから浅ましいくらいに腰を擦り付けるオレにそれでも山本はわざと中途半端な
快感しかくれない。
オレの体に火を点けたくせにいつまでも焦らす山本にオレは苛立って腕に爪を立てた。

「どうした?爪、立てるほどイイのか?」

オレがどうして爪を立てたのか分かってるくせにわざと惚ける。

「ふざけん…なっ」

その冷静さが悔しくて山本の体を押し返そうとしたオレの手は、山本の体を押し返す前に
掴まれ、頭の上で一つに纏められ、ベッドに押し付けられた。

「離せよ…っ」

両手を掴まれ、体は繋がったままで山本を睨みながら無駄な抵抗をする。
そのオレの抵抗に山本は喉の奥で笑うと空いてる手でオレの腰を掴み、ぐっと腰を進めて来た。

「あっ…ぁっ……!」

快感が腰から背骨を登り、脳に辿り着く。

「ここだろ?なぁ、悠」

「はな…せ…っ」

耳元で囁かれる言葉に悔しさが募っていく。
オレの心なんて山本は気にも掛けない。

「悠、強情張ってねぇでどうして欲しいか言え」

「誰が…っ」

「言ったら好きなだけしてやる」

「…っ」

「なぁ、俺が欲しかっただろ?」

「アンタなんか…っ」

オレを放って行ったくせに。

「“欲しかった”だ。俺が欲しかったって言えよ」

オレをそそのかす声には笑みが含まれていて、これが山本にとっては言葉遊びだと分かる。

「こんなんじゃ満足出来ねぇだろ?」


“だから欲しいと言え”

オレにオレから求めろと言う。
ダメ押しのようなセリフに悔しさが溢れ、我慢出来ずにオレは涙を溢した。

「悠?」

オレの異変に気付き、山本の声音が変わる。

「ふざけんな…っ…オレは…」


“オレは一体、アンタのなんだよ”

そう叫んでしまえれば楽になれるのに。
それを言ってしまえば終わりのような気がして。

オレは黙り込んだ。
短い静寂だった。

泣き続けるオレの耳に山本の溜め息が届く。
山本は苦笑いを浮かべてオレを見下ろした。

「優しくすりゃ怒る。苛めりゃ泣く。面倒臭せぇガキだな」

独り言のような口調だった。

その何気なさが心に突き刺さった。

「面倒臭いなら捨てればいいだろ!」

オレなんか捨てればいい。
簡単に拾ったんだから簡単に捨てればいい。

いらないと
お前なんかいらないと言われれば、こんな訳の分からない感情に悩まなくていい。
得体の知れない感情を恐れなくていい。

感情のままに叫んで起き上がったオレを山本が驚いた顔で見ている。
だけど、オレの叫びにも山本は動じない。
驚きの顔はすぐに苦笑いに変わり、オレは抱き締められた。

「俺が悪かった。だから、詰まらねぇことで泣くな」

詰まらないこと。
山本にとっては詰まらないこと。

そう思うのに

抱き締められて触れた山本の体の温かさにオレは何も考えられなくなった。




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