… 
God bless you … 1










酷い男だった。
自分勝手で傲慢で。

自分の側に俺がいるのは当たり前だと思ってて。
彼が浮気してることには気付いていた。
そして、気付かない振りをしていた。
いや、浮気というのも怪しい。
もしかすると、彼にとって浮気相手だったのは俺の方かもしれない。

馬鹿らしい。
全てが馬鹿らしい。

どうして、連絡もしないで彼に会いに行ったんだろう。
ちゃんと連絡していれば。
そんな未練がましいことを考えて。
考えた自分に嫌気が差した。

綺麗な青年だった。
彼のシャツを裸の体につけ、彼の後ろから俺に挑むような視線を向けていた青年の顔を
思い出す。
彼の不機嫌な顔を思い出し、俺は微かに笑ってスコッチのロックを飲み干した。
我ながらよく冷静でいれたもんだ。


『お楽しみのところだったみたいだね。新しい子?』


子供の頃から愛想のない子供だとよく言われた。
でも、今日だけはそんな愛想のない自分で良かったと思った。
自分でも驚くほど俺は完璧な無表情で彼を見ていた。


























空になったグラスをカウンターの前に滑らせ、新しいスコッチをオーダーしようと唇を
開きかけた、その時だった。

「彼におかわりを」

少し擦れた艶のある声と目の端に入った男の腕に俺は顔を上げ、声の主を見ようと
横を見た。

「なんて。おかわりするだろ?奢るよ。あ、俺はいつものやつね」

無造作な少し長めの茶色の髪に不精ヒゲ、甘い顔。
いかにも遊び慣れたといった風の男は俺の隣に座ると俺を見て微笑んだ。

「一人?あ、気にしなくていいよ。ナンパだから」

スコッチのおかわりを断ろうと思って口を開きかけた俺に話をさせないように男は俺に
話しかけてくる。
しかし、はっきりとナンパだからと口にした男のあけすけな物言いに嫌悪感は不思議と
湧かなかった。

「一人ですけど…どうして、俺なんですか?」

この男なら、わざわざこんな所でナンパなんてしなくても向こうから寄って来るんでは
ないだろうか?
そう思わせるだけの魅力が男にはあった。

「なんでって、それはあんたにそそられたからでしょう?」

本気とも嘘ともつかないセリフを男はタバコに火を点けながら言う。

「俺なんて、なんの面白味もないですよ」

「うーん、あんたが面白いか面白くないかは俺が決めることだと思うけど。違う?」

出てきたマイヤーズのグラスをタバコを持った左手で持ち、一口飲む。
男の享楽的で退廃的な雰囲気にマイヤーズは良く似合っていた。

「それに、今、ここにいるこの時だけは俺にはあんたしか見えてないんだけど」

男は口の端を上げ、目を細めて笑う。
嘘だと分かっているのに。
男の言葉に不覚にも涙が溢れそうになった。


『あんたしか見えてない』


それは俺が一番欲しかった言葉だった。

お前だけだと、お前しかいないと言って欲しかった。
ずっと、ずっと、誰かに言って欲しかった。
男の言葉はこの時だけのものだけれど。
薄情な彼の囁きより俺を幸せにした。
目の前にいる男に一晩だけでも愛されたなら新しい道に踏み出せそうな気がした。

「さっき、ナンパだって言いましたよね」

男の目を見詰め、真面目な顔で問う。
俺の問いに男は微笑んだ。

「そうだけど」

優しい声だった。
その声に俺は背中を押された。

「…俺と寝たいって思いますか」

覚悟を決めた俺に男は驚いた顔をした後、笑った。

「その気にならないヤツに声なんてかけないけど」

フィルターぎりぎりのタバコを吸い、男は苦笑する。

「あんたが決めればいい。強引なのは好きじゃないんだ。セックスってのは
 合意の上でするもんだろ?」

吸い終わったタバコを灰皿に押し付けて消し、マイヤーズを口に含む。
どこまでも俺を見る男の柔らかい目に俺は心を決めた。




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