… 
God bless you … 2










どこにでもあるようなファッションホテルだった。

男の後にシャワーを浴びた俺が部屋に戻ると男はバスローブ姿でベッドに寝転がって
タバコを吸っていた。
ベッドの上の照明パネルの横には飲みかけのビールの缶が置いてあった。

「お疲れ」

ベッドサイドに歩み寄った俺に気付き、男が体を起こす。

「…ビール飲むんですね」

ビールは嫌いなんではないか。
男に対して俺は何故か勝手にそんな思い込みをしていた。

「ん?酒なら何でも飲むよ。酔えりゃいいんだ」

ベッドの横に立ったままの俺の手を握り、男は自分の方に引き寄せる。
導かれるままにベッドに座った俺は男の顔を見詰めた。

「あんたがして欲しいこと言えよ。あんたがしたいセックスをしよう」

バスローブの袖から指を滑り込ませ、俺の腕をゆっくり撫でながら男は囁く。

俺のしたいセックス。

ゆっくりと時間をかけて、優しく目の前のこの男に翻弄されたい。
一晩だけ、この男に恋人のように扱われたい。
俺は男の唇を指でなぞった。

「…あなたが自分の恋人を抱く時のように抱いて下さい」

自分の唇を這う俺の指を捕まえ、男は指先にキスを落とす。

「恋人か、いいよ。俺、特定の相手は作らない主義だけど。あんたが
 そうしたいって言うなら、そうしよう」

俺の指先に触れた男の唇が俺の唇に触れる。
そのキスをきっかけに俺達は一晩だけの恋人になった。

























男のセックスは優しいくせに残酷だった。
泣きたくなるほど優しく扱うかと思えば、残酷なほど俺を乱れさせる。
神経が焼き切れるくらいに焦らされたり、気が狂いそうなほど突き上げられたり。
今まで経験したことのないセックスに俺は男の腰に自分の足を絡ませ、意識が遠のくほどの
快感を貪欲に味わった。

セックスが終わったベッドの上で上体を起こしてタバコを吸う男に俺はベッドの上に
寝転んだまま尋ねた。


『一人で寂しい時ってないんですか?』


特定の相手を作らないといった男の言葉が耳に残っていた。
別に俺だって、必ず誰かが側にいないとダメな訳ではないけど、ふと一人の時、寂しくて
どうしようもない時があるから、目の前でタバコを吸うこの男にはそんな時はないのかという素朴な
疑問からの質問だった。
それとも寂しい時に男は今日みたいに適当な相手を見繕って、その寂しさを紛らわせるのだろうか。

タバコを指に挟んだまま、男は俺を見下ろす。


『寂しい…ね。感じたことないな。だって、所詮、人間なんて生まれる時も
 死ぬ時も独りだろ?』


余りにもあっさりとしたその男らしい答えに俺は微笑んでいた。

























翌日、ホテルを出た俺達はマックで朝食込みの昼食を一緒に食べた。


『これ、俺の携帯の番号。要らなかったら捨ててくれていいから』


そう言って男は携帯電話の番号が書いてある紙きれをくれた。

名前は宮本英二。

俺がその男について知ってるのはそれだけだ。
そして、そんな名前しか知らない男との関係は一年続いた。

英二はやんちゃな子供がそのまま大人になったような男だった。
自分の欲望に忠実で危なっかしくて、甘え上手で。
男女問わず、人を惹き付ける魅力を生まれながらに持っているタイプの人間だった。

だから、英二にはいつだって男女問わず大勢の愛人がいた。
でも、誰一人として自分以外の人間と関係を持つ英二を責める人間はいなかった。
何故なら、英二のくれる“愛”は刹那的だけれど本物だったから。

本気で全身全霊で、その一瞬だけは抱く相手を愛す。
そこに嘘はない。
駆け引きもない。
他の誰とも比べない。
セックスのその時だけは抱く相手を自分の全てをかけて愛す。
それが英二のやり方で、それゆえに英二は生まれながらのジゴロだった。

大勢の人間に囲まれて、甘やかされて、自由に生きているように見える英二。
だけど、生まれる時も死ぬ時も人間は独りだと言った英二はいつも大勢の人間に囲まれながらも
一人ぼっちのような目をしていた。


『今が楽しけりゃいいだろ?明日のことまで考えてられない』


それが英二の口癖で、その口癖通り、英二は明日という言葉を忘れたような生活をしていた。

誰かを抱いてるか、酒を飲んでるか。

英二はまるで自分の命を削るような遊び方をしていた。
寂しいと感じたことがないんじゃなくて、寂しいと感じないように自分の心を麻痺させている。
一年間、英二と一緒にいて、俺はそう感じた。

相手に与えることで充たされてるのは与えられた人間ではなくて英二の方かもしれない。

与えることでしか充たされない英二と与えられることでしか充たされない俺。
俺達は正反対に位置しながら、誰よりも似ていた。




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