… emergency call … 8






二度と顔も見たくないと思っていたのに。
突然現れた関口の不機嫌な顔は何故か俺を安心させた。

「何、今にも死にそうな顔してるんだ?」

今にも死にそうという関口の言葉に俺は苦笑を洩らした。
俺の苦笑に関口は溜め息をつくと空いていた隣のイスに腰を下ろした。

「マイヤーズ、ロックで。それとターキーもロックで」

関口は自分の分のマイヤーズと俺の分のターキーをオーダーした。
そして出てきたマイヤーズとターキーを俺達は乾杯もせず無言で飲んだ。

ターキーがグラスの半分くらいになった時だった。

「…この前は悪かったよ。少し言い過ぎた」

関口はそう言った。

「…いや、俺も」

何歳になってもケンカの仲直りは気まずい。
しかも俺の方が仕掛けたケンカだったんだから尚更だ。

勝手に嫉妬して、怒って。
そして千裕を傷付けて、関口に仲直りのきっかけを作ってもらって。
俺は最高にみっともない男だった。

「まさか、俺とのことが原因でそんな顔になってるんじゃないだろうな?」

いつも通りの関口の憎まれ口に俺はずっと心に引っかかっていた謎を口にしようと思った。
世界で一番みっともない男になった今、俺のプライドはティッシュほどの重さもなかった。
罵倒されたらそれはそれでいい。
むしろ罵倒された方が楽な気がする。
千裕の代わりに誰かに最低なヤツだと罵られた方が俺は少し心が楽になれそうな気がした。

「…どうして、千裕の嘘に乗ったんだ?」

自分の勘に自信はあったが俺は敢えてカマを掛ける言い方をした。

「……千裕ちゃんが嘘だと言ったのか?」

関口はあの日と同じような反応を返した。
やはり、俺の勘は当たっていた。
キスをしたというのが本当なら俺の出方を窺うような言い方はしない。
やはりあれは千裕の初めてのキスだった。

「…違う。違うんだ…」

「じゃあ、どうして…」

「…千裕にキスした」

「…え?」

「…無理矢理キスしたんだ」

まるで神に懺悔するように俺は関口に告白した。
俺の告白に落ち着いていた関口の表情は険悪なものに変わっていった。
関口は静かに俺を睨みつけた。

「…お前は最低だ。殴ってやりたい」

俺は自嘲気味に笑った。

「…俺は最低だ。だから、殴ってくれ」


誰でもいい。
誰でもいいから千裕の代わりに俺を責めてくれ。

でなければ俺は救われない。
しかし、誰かに罵られることで少しでも自分の罪悪感を軽くしようとしている俺は
やはりどこまでも卑怯な男だった。

「マイヤーズ、ロックで」

関口はマイヤーズのおかわりをオーダーした。
俺を睨みつけていた目は俺から外れた。
目の前に差し出された新しいマイヤーズを一口飲んで関口は深い溜め息をついた。

「……自分のしたことに自分が一番傷付いてる奴を殴るほど悪人じゃないよ」

ポツリと呟く関口の横顔を俺は驚いて見た。

「死にそうな顔の原因はそれなんだろう?」

「…あぁ」

「馬鹿だな。俺に煽られたからっていきなりそんなことして…」

「…本当に俺はバカだな」

関口の呆れたような声に俺は苦笑しながら答えた。

本当に俺はバカだ。

「…そんなに焦って心配しなくても俺はとっくの昔に千裕ちゃんに振られてるよ」

「…は?」


千裕に振られてる?

にわかに告げられた告白にまじまじと関口の顔を見た俺に関口は苦笑いを浮かべると
静かに話し出した。

「お前には悪いけど、最初は本当に興味本位だった…」

千裕も言ったように関口と千裕が再会したのは偶然だった。
初めて見た時から千裕の可愛さに興味が湧いたと関口は言った。

「でも、お前に釘を刺されたから、どうこうしようっていう気はなかったんだ」

だから再会した時も友人の弟のような感覚で軽く食事に誘って軽く携帯電話の番号を
交換した。

「千裕ちゃんから俺に電話がかかってきたことは一度もないよ」

食事に行ったり遊びに行ったりはしたけどそのどれもが自分から誘ったものだと関口は
言った。

「可愛い弟が出来た、そんな感じだったんだ。最初は。でも…」

会う度に千裕が話すのは俺の話しばかりだった。

俺は何が好きで何が嫌いか。
二人でどんな所に遊びに行ったかなど。

そんなことを幸せそうな笑顔を浮かべ話す千裕に関口の中で自分でも説明出来ない感情が
湧いてきた。

「あんまり嬉しそうに千裕ちゃんがお前の話しばかりするから。こんな風に、
 ここまで想われたらどれだけ幸せなんだろうって思ったんだ…」

ルールを守ってボーダーラインを引いて。
そんな恋愛を繰り返してきた関口にとって何の駆け引きもなく純粋に俺を想う千裕は
新鮮だったらしい。

「恋愛はゲームだなんて、キザったらしいことを言って俺は本当は怖かっただけ
 かもしれない。本気で誰かを好きになって傷付くのが怖かっただけかもな」

だから真っ直ぐに俺だけを見てる千裕が羨ましくて、千裕にそんな風に想って貰いたくて
関口は冗談めかして千裕に告白した。

「お前の代わりになれないかって言ったんだ。俺が行きたい所にも連れて行くし、
 ずっと側にいるって。でも…」

関口の次の言葉を俺は固唾をのんで待った。

「お前はお前だけだって。お前の代わりはいないってだから、ごめんなさいって
 言われたよ」

苦笑してタバコを吸う関口に俺は何も言えなかった。
掛ける言葉を見付けられなかった。

俺に何かを言う資格はない。

「好きな奴の気を惹きたくて他の奴を気にしてる振りをする。恋愛では初歩の
 駆け引きだろ?初歩的過ぎて駆け引きとも言わないか。今回はそれが俺との
 キスだった、それだけのことだろ?」

少し考えれば分かることだろ?
なのにどうして気付かなかったんだ?

関口はマイヤーズを一口飲んで笑いながらそう言った。

本当に。
余りにも初歩的過ぎて笑う気にもならない。

笑うどころか泣きそうなくらいだ。

あれは千裕の精一杯の駆け引きだった。
俺の気を自分に向ける為の精一杯の。

そして、そんな初歩的な駆け引きにさえ気付かなかった理由は単純過ぎて。
そんな初歩的な千裕の駆け引きにまんまと乗せられた自分を俺は笑った。


「いい加減、気付いてるんだろう?」

「…あぁ」

関口の言葉に俺は苦笑して答えた。

「て、言うか気付け。あんな初歩的な駆け引きに気付かないくらいお前は
 千裕ちゃんに惚れてるんだよ」

吸いかけのタバコの煙をくゆらせ関口は苦笑しながらそう言った。

そして俺はその関口の言葉に関口と同じように苦笑して深く頷いた。






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