… emergency call … 7






俺は何をしてるんだ?


千裕の腕を掴んでいた手は千裕が逃げないように肩に回した。


俺は何を…


突然のことに驚いて声を出そうとしたんだろう。
少し開いた千裕の唇に俺は強引に自分の舌を差し入れていた。

千裕は暴れなかった。

暴れる余裕も無いんだろう。

ただ、俺の腕を掴んでいた。

自分が何をしているのか冷静に判断することを放棄したまま、俺は千裕に自分の舌を
絡めていた。

あれだけ関口を批判したくせに。

まだ千裕は子供だと言ったくせに。

今、俺が千裕に仕掛けているのは間違いなく強引で自分勝手な大人のキスだった。




















我を忘れ、夢中で千裕を貪った。
自分勝手に強引に。

時間にしてどれくらいそうしていたかは分からない。

我に返ったのは俺の腕を掴んでいる千裕の手が震えていたからだった。

千裕は震えていた。


一体、俺は何を。


どうして、あんな嘘を。


二人揃って嘘を…


少しずつ戻ってきた冷静さが自分のしていることを俺に自覚させる。

自分のしていることに自分自身で驚いて千裕の肩を掴んでいた力が弱くなった時だった。
俺の体は千裕の手で押し返され唇は離れた。

千裕は泣いていた。


「……千裕…」


違う。

こんなことするつもりじゃなかった。

違うんだ。


瞬時に頭に浮かんだ言葉は全て言い訳じみていて。
口には出せなかった。

そんな俺を千裕は自分の唇に自分の手の甲を当て、大きな瞳に一杯、涙を溜め、睨みつけた。

「…違う、千裕…」

「…洋平なんてキライ。大っキライっ。洋平なんて死んじゃえ!」


ボロボロと涙を溢しながら千裕はそう言った後、車から飛び出して行った。
ロックはさっき千裕が帰ると言った時に外したままだった。

俺は千裕を追いかけることも出来ず車の中で呆然としていた。


一体、俺は何をした?


千裕に何を…


ロックをしておけば良かった。
そんなことを考えて俺は独り自嘲気味に笑った。

ロックをして、千裕を車に留めてどうする気だったんだ?

何を言う気だった?


「……バカじゃねーか…」


何を言ったところで所詮、言い訳にしかならないのに。

関口を責めたのは誰だ?

俺は関口になんて言った?

あんな言葉で関口を責めたくせに。

俺が千裕にしたことは関口と一緒だ。
いや、関口以上だ。

千裕は震えていた。

確証はない。
俺の勘に過ぎないのかもしれない。

だけど。

もし、その俺の勘が当たっているとしたら。

二人揃ってどうして嘘を…



「…洋平なんてキライ。大っキライっ。洋平なんて死んじゃえ!」



千裕は泣いていた。

千裕を傷付けて泣かせたのは初めてだった。

何が守ってやりたいだ。

千裕にあんな酷いセリフを言わせて。
千裕を泣かせて。
千裕を傷付けて。


「…クソッ!!」

自分に苛立って俺は力任せにハンドルを殴りつけた。

そして、シートに沈み込んだ。

最悪だ。

最低だ。

俺は最低で最悪なヤツだ。

散々、自分は好き放題に遊んで、千裕のことを独りにしてたくせに関口に奪られるかもしれないと
分かった途端、焦って千裕を傷付けた。

関口の言った通り、千裕を守ると言いながら千裕に依存してたのは俺の方だ。

俺は千裕に依存していた。

関口に奪られるのが怖かった。
何時までも俺だけを見ていて欲しかった。

俺だけを。

何故、あんなに関口に腹が立ったのか。
理由は簡単だ。

そう、ようやく気付いた。

俺は

俺は関口に嫉妬してたんだ。

そして、俺の勘が外れていなければあのキスは千裕のファーストキスだった。










































あの夜からうるさいほどかかってきていた千裕からの電話は途絶えた。

自分の愚かさに気付いた俺は自分の愚かさに気付いてしまった為に千裕に連絡を取れずにいた。
まるで逃げ込むように仕事をした。

高校生と社会人、元から生活の時間帯は違う。

それに千裕は俺を避けているのかもしれない。

あの夜から一週間経つのに俺と千裕が偶然会うことはなかった。

隣に千裕はいるのに。
千裕は誰よりも遠くにいた。

いや、千裕に会うことを避けたのは俺の方かもしれない。

偶然会って、他人の顔をされたら?
まるで知らない人を見るような目で見られたら?

いや、見て貰えるならまだいい。

視線さえ向けて貰えなかったら?

それは。

それは俺にとってどんな責苦よりも辛いことで。

それなら、会わない方がいい。
会わなければ最悪の現実を直視しなくて済む。

千裕はどこかに、そう例えば、修学旅行や留学でもいい、に行っていてしばらく会えない。
そのしばらくが何時まで続くかは分からないがいつかは戻って来る。

“ただいま”と笑って。

そう、天使のような笑顔を浮かべて。

卑怯で弱い俺はそんな有りもしない話を作り上げて自分の精神のバランスを保っていた。








































どれだけ仕事を入れたところで空いた時間は突然、現れる。

休日前なのに定時に仕事が終わった俺は千裕と会うことを避ける為に繁華街のバーに
寄って帰ることにした。

あの夜からアルコールは千裕の代わりに俺の側にいた。



































初めて入った店で頼んだのは飲み慣れたターキーだった。

酔いたいと思って飲むのに飲めば飲むほど酔いは覚めていく。

ターキーを胃に流し込めば流し込むほどあの夜の千裕の涙を溜めた瞳が鮮明に蘇ってくる。

そして、気に掛かるのは関口と二人して何故、あんな嘘をついたかということだ。



「千裕ちゃんがそう言ったのか?」

「関口さんがそう言ったの?」



二人して同じことを言ったのはお互いを庇い合ってたからじゃない。

相手が自分の嘘に乗ったことが不思議だったからだ。
関口は、どうか分からないが少なくとも千裕にはそうだったはずだ。

少し冷静になってさえいればすぐにおかしいと分かったはずだ。

俺が確認をとった時の二人の相手の言葉を確認したことといい、微妙な間といい、冷静な
今になって考えてみれば不自然だった。

不自然だったのに。

その不自然さに気付けないくらい俺は焦っていた。
初めて味わう不可解な自分の感情で一杯だった。

































何杯ターキーを飲んだかは忘れた。
空のグラスを少し前に押し出して新しいターキーをオーダーしようとした時だった。

「お前とはどこまでも好みが一緒みたいだな」

けんを含んだ聞き憶えのある背後からの声に俺はゆっくりと振り向いた。

「それともまだ殴り足りなくて俺の行きそうな所に先回りしたのか?」

振り向いた俺が見付けたのは不機嫌な表情を隠そうともせず俺を見ている関口の姿だった。






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