… emergency call … 6






夜の空港に満足したらしい千裕を連れて俺は地元まで戻ってきた。

一度自覚した恐怖は薄れることはなくて。
俺は車を俺達の家の近くにある公園の側に停めた。

深夜ということもあって人通りはなかった。

関口の話をするには丁度いい。
俺はそう思った。

「どうしたの?帰んないの?」

自宅は目と鼻の先なのに車を停めた俺に千裕は不思議そうな顔で聞いてきた。
その無邪気な千裕の様子に尚更、関口が千裕にしたことが俺には許せなかった。

今度ばかりはいつものように折れてやる訳にはいかない。
多少、横暴だと思われても構わない。

千裕から関口を離せるなら少しくらい鬱陶しいと思われても構わない、俺は心を決めた。

「…この前、関口に会ってきた」

「…え?」

今まで楽しそうだった千裕の表情は一瞬にして曇った。

「…まさか、俺の言ったこと言ったの?」

「あぁ」

「関口さん、なんて?」

千裕は表情を固くした。

「お前とキスしたってアイツも言ってた」

「…関口さんがそう言ったの?」

千裕の言葉はこの前の関口の言葉と同じだった。

俺の言ったことに千裕と関口は同じ反応を返した。
まるでお互いを庇い合うように。

同じ反応を返した二人に俺は苛立った。

「…もう、アイツ、関口とは会うな」

千裕に命令口調でものを言ったのは初めてだった。

「なんで、洋平にそんなこと言われなきゃいけないの?」

横暴だとばかりに千裕は俺を睨みつけた。

「なんでも、だ」

睨みつけられても折れる訳にはいかない。

「…まさか…今日、それを言う為に迎えに来たの?」

「違う。それだけじゃない」

確かに関口のことがメインだった。
しかし、それだけじゃない。

久し振りに過ごす二人の時間は俺にとっても楽しい時間だった。
だから、俺は千裕の不信気な言葉を否定した。

「…嘘つき。サイテー」

だが、千裕は俺の言葉を信じてはくれなかった。

「本当にそれだけじゃない」

「…もう、いい。俺、帰る」

俺の言葉には耳を貸さないといった感じで千裕は車のドアに手を掛けた。

「まだ話は終わってないだろ?」

俺は千裕の腕を掴んだ。

「洋平と話すことなんてない。俺、洋平の言う通りになんてしないから」

ここまで千裕に言い切られたのも初めてだった。

「俺のことなんて何も分かってないくせに。洋平なんかより関口さんの方が
 ずっと俺のこと分かってくれてる」

誰にどんなことを言われるよりも千裕の一言は俺を打ちのめした。


俺よりも関口の方が千裕を分かってる?


一番聞きたくない台詞を俺は一番言って欲しくない相手から言われた。


「…アイツは分かった振りをしてるんだ。どうして、それが分からないんだ?
 アイツはお前に下心があるから」

「なんでそんなこと言うの?関口さんは洋平の友達だろ?なんで友達のこと、
 そんな風に言うの?」


友達?

友達なんかじゃない。
アイツは俺の一番大切なものを簡単に抱くと言った。

そんなヤツが友人な訳がない。


「お前は分かってない。アイツはお前の考えてるようなヤツじゃない。アイツは…」

「関口さんのことそんな風に言うなんて信じらんない!」


俺が足掻けば足掻くほど千裕は頑なになっていく。

収集のつかなくなっていく事態に俺は大人げなく苛立った。


「アイツは何とも思ってない人間とでも平気で寝れるヤツなんだ。アイツは
 お前をそういう目で見てる。だから優しんだ」

千裕にこんな大人の汚いことを聞かせたくなかった。
しかし、関口を庇う台詞を口にする千裕に俺はすっかり冷静さを失っていた。

俺の言葉の後、少しの間、車内にはスティングの歌だけが流れた。

千裕には少しショックが強すぎたのかもしれない。
そう思った矢先だった。


「…洋平だって好きでもない人とエッチするくせに」

関口を責めた台詞はそのまま俺に返された。

「俺が何も知らないって思ってんの?自分だってそういうことするくせに。
 なんで俺と関口さんは駄目なの」

俺を真っ直ぐに睨みつける千裕の目は俺を責めていた。

「今は俺の話をしてるんじゃない。お前の話をしてるんだ」

「自分のことは自分で考える。もう子供じゃないんだから洋平にいちいち、
 命令されたくない。洋平に会うなって言われても俺、関口さんと会うから」

俺を睨みつける瞳は更に強くなって俺の最後の理性を消した。

「アイツはお前とヤりたいだけなんだ」


最悪の言葉だった。

でも、それすらも俺にはどうでも良かった。
関口から千裕を離せるなら犯罪者になったっていい。
そう思った。

「…関口さんがそう思ってるならそれでいい。俺、関口さんとエッチする」


それはまるで死刑宣告のようだった。


「……お前…」


ずっと気付かなかった。

いや、気付かないフリをしていた。
何度も頭に浮かびかけたのをひたすら消した。

ずっと考えないようにしていた。

千裕が俺以外の人間と…

俺以外の人間を。

口に出せばお終いだ。

言葉にすれば全てが終わる。

そう思うのに。

俺は口に出さずにはいられなかった。


「…アイツのことが好きなのか?」


自分で自分の首を締めるような俺の言葉に千裕は驚いた顔をした後、泣きそうな顔をした。
しかし、冷静さを手放した俺にはその千裕の顔が意味するものを分かってやることが
出来なかった。

千裕は全てを諦めたような顔をした。


「……そうだよ。俺、関口さんが、す…――」


自分で聞いたくせに。

千裕の言葉が怖かった。
聞きたくなかった。
言わせたくなかった。

それを聞いてしまったら、俺は。

俺は…

お終いだ。


千裕の言葉を止められるなら。
いや、止めなければ。


掴んだ細い腕を俺は引いた。

力加減なんて頭にはなかった。


千裕の言葉を止めなければ。


それしか俺の頭にはなかった。
自分のことしか頭にはなかった。

俺は自分の唇で千裕の唇を塞いでいた。






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