… emergency call … 2






「ご注文はお決まりですか?」

ファミレスの制服を着たバイトの女の子がマニュアル通りに注文を聞く。

「ホットで」

すかさず微笑む。

「は、はい…ご注文を繰り返します。ホットですね」

バイトの女の子は少し頬を染めると俺の注文を繰り返した。

見慣れない顔だから新人かもしれない。
なかなか、可愛い。
社長秘書は残念だったけど、この子も悪くない。

そう思ってバイトの女の子に微笑む俺に聞こえてきたのはバンッという何かをテーブルに
叩き付けたような音だった。

「俺、もういらない!」

音のした方に顔を向ける、と千裕がテーブルに手を着いて立ち上がっていた。
どうやら、テーブルに叩き付けられたのはスプーンらしい。

「お前、もういらないって…」

パフェはまだ残っていた。

「もういらないって言ったらいらない!はい、これ」

千裕は呆然としている俺に伝票を押し付けると俺の腕を引っ張ってファミレスの出口に
向かって歩き出した。

「あ、こうゆうことだから、ホットはキャンセルで。ごめんね」

俺と同じく呆然としているバイトの女の子に顔だけ向けて微笑む。

今度は独りで来よう。
そんなことを頭の中で考えながら俺はレジで千裕の食べたストロベリーパフェと
チョコレートパフェの代金を支払った。






































「洋平、今日、車だよね?」

ファミレスの入り口を出た所で俺の腕を掴んだまま千裕は俺を見上げて言った。

出た。
これはお強請りモードだ。

「ダメだ」

「まだ、なんにも言ってないじゃん!」

「どうせ、ドライブだろーが。ダメだ、何時だと思ってんだ」

さっきファミレスで見た時計は十二時だった。

大体、こんな時間に未成年が出歩いてるってのはどうなんだ。
それにコイツはやたらめったら顔だけは可愛い。
こんな夜に独りで出歩いて、なんかあったらどうするんだ。

「帰るぞ」

俺の腕を掴んでいた腕を今度は俺が逃げられないように掴んだ。
男のくせに腕だってこんなに細くて。

「離してよ!独りで帰ればいいだろ!洋平が連れてってくれないんだったら他の
 人に頼む!」

俺の心配をよそに千裕は掴まれた腕を振りほどこうとジタバタし始めた。

「我が侭ばかり言うな」

「離してよ!変態!助けて!」

千裕の声に俺達の前を通った人々が通り過ぎてから振り返ってこっちを見る。

これじゃまるでいたいけな高校生を誘拐しようとしている変態じゃないか。
しかも、ここは実家の近くだ。
どこで誰が見てるか分からない。
そして、近所の人間に見られたらどんな噂をたてられるか分かったもんじゃない。
明らかに形勢は俺に不利だった。

「分かった!分かったから喚くな!」

慌てて喚く千裕の口を手で塞ぐ。
俺の分かったという言葉に千裕は抵抗を止めると大きな瞳で俺を見上げてきた。

負けた…
又、負けてしまった。

子供の時から大切に見守ってきた天使は高校生になって俺を振り回す悪魔に変わった。









































「俺、夜景、見に行きたい!夜景!」

自分の要求が叶えられた千裕は助手席で嬉しそうにはしゃいでいる。

「一時間だけだぞ」

「空港行こう!空港!」

「一時間じゃいけないだろーが」

「ケチケチ洋平」


ケチケチ…?


「…お前なぁ」

人のデートを邪魔しておいてパフェを奢らせて、出た言葉がケチって。

それでも結局、俺は最後にはコイツの我が侭を聞いてしまう。

「いつもの所で我慢しろ」

「はーい」

助手席でしぶしぶ納得したといった返事をする千裕に俺は心の中で溜め息をつきながら
いつもの夜景ポイントに車を走らせた。









































休日前の夜ということもあっていつもの夜景ポイントにはそれなりの数の車が停まっていた。
たいして広くない場所に車を停め、カップルや友達同士で来た連中が思い思いに自分の
足下にあるミニチュアの街の灯りを眺めている。

その光景を見ながら俺は丁度、一台、車が出て行った場所に自分の車を滑り込ませた。
シフトをパーキングにし、サイドブレーキを上げる。
そして、CDを昔から好きなスティングに変える。

俺の中でいつしかこれは千裕と夜景を見る時の決まり事みたいになっていた。
そう言えば千裕と夜景を見るのは久し振りかもしれない。
ここ最近、仕事とプライベートが忙しくてまともに顔を合わせたのも今日で二週間振りだ。
だから、千裕の我が侭も二週間振りに聞くもので、二週間振りの我が侭は考えようによっては
可愛く思えないこともなかった。

現に自分の我が侭が叶えられて大人しくなった千裕の夜景を眺める横顔は天使のようで
愛らしい。
散々、我が侭を言われても振り回されても結局、俺はコイツに弱い。

まぁ、しょうがないか。

そう心の中で呟いて俺は夜景を眺めている千裕の横顔を眺めながら苦笑を洩らした。

「千裕、自販行くけど、何がいい?」

俺の問掛けに大きな瞳が俺に向けられる。

「俺、コーヒー。砂糖入ってないヤツ」

それはブラックって言うんだ。
ファミレスでのタバコといい、コーヒーといい、丁度大人の真似をしたがる時期なのだろうか。

「お前、コーヒー飲めないだろう?ミルクティーでいいな?」

「イヤ。コーヒーがいい」

「はいはい」

せっかく、良くなりかけてる千裕の機嫌をわざわざ損ねるほど俺は馬鹿じゃない。
だから俺は軽く頷きシートベルトを外して車のドアを開けた。

「俺が出たらちゃんとドアロックするんだぞ」

「分かってるよ」

煩そうに返事を返す千裕の頭をくしゃと撫でてから車を出ると俺は車を停めた場所から
少し離れた所にある自動販売機に向かって歩き出した。
































自動販売機の前で少しだけ迷ってから俺が買ったのはやはり、自分用のブラックコーヒーと
千裕用のミルクティーだった。

ブラックコーヒーを買ったところでどうせ千裕は飲めない。
車に戻ったらぶーぶー文句を言われるのは目に見えていたがそうなったら俺のコーヒーを
分けてやればいい。
そう考えながら、車の方を振り返る。
俺の視線の先の車はさっき俺が降りた時となんら変わりはなかった。

我ながら少し甘やかし過ぎたかなと思うことはある。
車のドアロックのことにしてもこんなに人がいる場所でもしものことがある可能性は
少ないだろうと頭では分かっているがその少ない可能性の方を心配してロックをさせる俺は
過保護過ぎるのかもしれない。

一緒にいる女の子にはそんな注意すらしないのに。
何故、未成年だとはいえ、男子高校生をここまで心配するのか。

自分でも説明出来ない自分の心の奥底に潜む千裕に対する感情をこの時の俺は弟に抱くような
愛情だと思っていた。






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