… DOLCE VITE … 7










「俺と付き合わないか?」

どうせ、そんなことだろうと思った。

少しの沈黙の後、真剣な顔で放たれた宅見の言葉に俺はそう思った。
でも、宅見にしては遠回しな言い方だとも思った。

「あんたにしては遠回しな言い方だな。はっきり言えばいいだろ?」

この数時間で俺が宅見に妙な親近感をもったように宅見も俺に妙な親近感をもったのかも
しれない。
だからこんな遠回しな言い方になったのだろう。

「そうだな。じゃあ、はっきり言わせて貰う」

宅見は苦笑した。

「上に部屋をとってある」

余りの予想通りの展開に俺は溜め息をついた。
しかし、不思議と怒りは湧かなかった。
出会ったあの日より遥かに不躾なことを言われているのに。
今の俺には宅見は人の持ってるオモチャを欲しがって駄々をこねてる子供のようにしか
思えなかった。

「あんたさぁ、今は平成だよ。江戸時代じゃないんだからさぁ。今時、借金の為に
 身売りするって…」

いつの時代の話なんだ、一体。
ありえない。

「それに、俺、男なんだけど」

「そんなことは分かってる」

確かに男と付き合ったことがない訳じゃない。
少し前まで康彦さんとだって付き合ってた。
勿論、セックスの時は抱かれる方だったけど。
だからって男に抱かれることが好きな訳じゃない。
たまたま、好きになった相手が男だっただけだ。
その証拠に俺は女の子とも付き合っていた。
それに俺の身体にそんな価値があるとは思えない。

「それにあんたが保証人になる金額がいくらかは知らないけど、俺にそんな価値はないよ」

「価値があるか無いかは俺が決めることだと思うが」

宅見は余程、俺という康彦さんの持ってるオモチャに興味があるらしい。

「ひと晩、俺に付き合って芳賀も事務所も助かる。いい話だと思うが」

「俺があんたと寝たから事務所が助かった、なんて、康彦さんが知ったら康彦さんは
 自分を責めるよ」

康彦さんはそういう人だ。
だから、融資の件だって身内や俺達に話さず宅見に頼んだ。

「随分、芳賀の性格を知ってるんだな」

皮肉な笑顔が宅見の顔に浮かんだ。

「そうだよ。だって、ちょっと前まで付き合ってたんだから」

「付き合ってる、じゃないのか?」

「付き合ってた、って言っただろ?俺と康彦さんは一ヶ月前に別れてるよ」

俺の返事に宅見は少し驚いたようだった。

「付き合っているもんだとばかり思っていた」

「別れた。でも、俺は今でも康彦さんが好きだし、尊敬してる。だからこそあんたとは寝ない」

宅見は訳が分からないといった顔をしている。

「芳賀が好きなら尚更、芳賀の為だとは思わないのか?」

訝る宅見を俺は見据えた。

「好きな人の為に自分が犠牲になる?俺はそんなのは好きじゃない。そんなの
 只の自己満足だ。犠牲になってる自分に酔ってるだけだろ?」

宅見は俺を見つめたまま、何も言わなかった。

「本当に尊敬してるからこそ、俺は康彦さんが事務所を潰しても康彦さんについていく。
 一緒に頑張りたいと思う。これは俺だけじゃない。うちの事務所の人達は皆、康彦さんが
 好きで集まってる人ばかりだから、多分、皆、俺と同じことを思ってると思う」

六人しかいない事務所だけど、皆、康彦さんの人柄に惹かれて集まった人達ばかりだ。
事務所が潰れれば皆、ばらばらになるしかないけど皆、康彦さんが事務所を再建すれば
きっと集まってくれる。
俺はそう思ってるし、そう信じたい。

「だから、保証人になるかならないかはあんたの好きにすればいい」

これは俺がどうこう言う問題じゃない。
康彦さんと宅見で決めることだ。

「腹は括ってる。そういうことか」

宅見は軽い苦笑を洩らした。

「そうだよ。それにあんたと寝たからってあんたが必ず保証人になってくれるっていう
 保証はないしね」

まだ二回しか顔を合わせたことのない人間を簡単に信じる人間はいない。
それは俺の中での常識で、宅見だから信じないといった意味ではなかった。
他意はなかった。

「それは俺のことが信じられないという意味か?」


なのに、何故…

宅見のことだから鼻で笑って俺の言葉なんて聞き流すだろうと思った。
だから、何も考えず言ったのに。

なのに、何故。

深い意味なんてない俺の言葉に俺の予想に反して宅見は一瞬だけだが傷付いた表情を
浮かべた。

「…別にあんたが信じられないとかそういうことじゃないよ。普通、二回しか
 会ったことない人を簡単に信じたりしないだろ?」

なんで俺は宅見にフォローを入れてるんだろう。
保証人になって欲しかったら自分と寝ろ、なんてとんでもないことを言ってる男なのに。

「…そうだな」

俺のフォローにすぐ表情を元の苦笑に戻した宅見はそう短く応えただけだった。





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