… DOLCE VITE … 6










宅見の意外なところばかりを見せられたからかもしれない。

炊き合わせの一件から俺達の間には幾分か和やかな空気が流れた。
そして、今、俺達の前に並べられたのは水菓子で宅見との会食は終りに近付いていた。

「もう、食事も終わりだからいいだろ?話ってなんだよ」

水菓子として出た梨を一口、口にしてから俺は宅見を見た。

「芳賀から何も聞いていないのか?」

「何も聞いてないよ」

「アイツらしいな」

宅見はそう言うと苦笑し、食事中には吸わなかった煙草に火を点けた。

「ユズキベンディングが倒産したことは知ってるな?」

「あぁ、知ってる」

ユズキベンディングってのはうちの事務所の取引先だ。
康彦さんは独立する前、大手のデザイン事務所にいた。
その頃、仕事を受けたことがあってそれ以来の付き合いだと言っていた。
だから独立してからも定期的に仕事の依頼があった。
しかし、そのユズキベンディングは二ヶ月前に倒産した。
もともと経営状態が芳しくなかったところに昨今の不況の煽りを受けたことが倒産の
理由だと康彦さんは言っていた。

「それがどうしたんだよ」

「ユズキから芳賀に支払われていない金があることは知ってるか?」

「…嘘だろ…?」


寝耳に水だった。

ユズキが倒産したと聞いた時に俺はそのことを康彦さんに聞いた。
その時に康彦さんは笑って言った。

『大丈夫だよ。支払いは全て終わってるから』

と。


「芳賀はああいう奴だから、可愛いがってもらってたユズキの社長に頭を
 下げられて強く出れなかったんだろう」

康彦さんだからこそ、その可能性は否定出来ない。

「それもここ最近のことじゃない。かなり前からだ」


俺達に心配を掛けないように一人で抱え込んで。

なんで…


「このままじゃ芳賀も共倒れだ」

宅見の言い方にユズキから康彦さんに支払われていない金額が少ないものではないことが
想像出来た。
共倒れになると言ったくらいだから百や二百なんて金額ではないのだろう。

「金を回収する方法をいくつか教えたが嫌だと言われた。世話になったのに
 後ろ足で砂をかけるような真似はしたくないそうだ。まぁ、所詮、その方法を
 試したところで大した回収は出来ないだろうがな」

康彦さんらしいと思った。

「あの日、君と初めて会った日、芳賀は君に偶然、俺と会ったと言ったが
 偶然じゃない。ユズキの件で芳賀と会ってた。芳賀に融資を打診された」

あの日の康彦さんの自嘲気味の笑顔の意味が分かった。
事務所の資金繰りすらままならない自分に自信を無くしていたのだろう。

でも、それならそれで宅見に頼まなくても身内に頼る方法もあったはずだ。
康彦さんのお父さんは鉄鋼関係の会社の常務をしていると以前、俺は聞いたことがある。

「あんたに頼まなくても身内っていう手もあるだろ?」

高校の時から付き合いのある宅見なら康彦さんのお父さんのことも知っているだろうと
思った。

「身内には迷惑をかけたくないそうだ」

それも又、康彦さんらしかった。

「うちは中小企業相手に融資をしてる。しかし…」

吸い終わった煙草を宅見は灰皿の底に押し付けて火を消した。

「銀行並の利息とはいかない。だから、うちのメインバンクを紹介した」

「で?」


融資は受けられるのか?

俺はきっと、そんな答えを急かす顔をしていたんだろう。
宅見が微かに苦笑する。

「俺が保証人に付くならと条件を出された」


条件付きの融資。

つまり、その条件をクリア出来ないと出せないということだ。
俺は小さな溜め息をついた。

仕方がない。
康彦さんは独立してまだ二年しか経っていない。
康彦さんの実力と人間性で今のところ仕事は途切れないが相手は中小企業がほとんどで
これから先、第二のユズキが出ないとも限らない。
そんな確固とした実績のない小さなデザイン事務所にこの不況の中、銀行があっさりと
融資をするとは思えない。

「どうして溜め息なんだ?」

俺の溜め息の訳を尋ねる宅見を俺は真正面から見据えた。

「あんたが俺にこの話をするってことは、あんたは保証人になる気はないんだろう?」

保証人になる気があるならわざわざ俺に話なんかしないで康彦さんと二人で話を進めるはずだ。
そう思った。

「どうしてそう思うんだ?」

「どうしてって、保証人になる気があるならわざわざ俺にこんな話しないだろうし。
 それにあんたにはあんたの会社がある。保証人になるってことは康彦さんが
 駄目になった時、あんたが全てを被るってことだろ」

保証人になるっていうのは友情の為にとか、康彦さんの力になりたいとかそんな綺麗事で
決めれる問題じゃない。
どんなに難い友情や信頼で結ばれていてもそこにお金が絡んでくると人間はどうなるか
分からない。

「あんたにはあんたの会社の人間を守る義務があるから」

宅見に全てが降り掛った場合、最悪、宅見の会社の人間にも火の粉は掛かる。
会社の人間とその家族のことにも責任を負わなければいけないのが人の上に立つ人間だと
俺は思っている。

「もっと、感情的になるかと思ったがな。意外と冷静なんだな」

宅見は少し笑った。

冷静?

まさか、冷静なんかじゃない。


「冷静なんかじゃないよ」

現にさっきまで美味しいと思った梨は一気に味を無くしていた。

食べ物を残すのは嫌いだ。
作ってくれた人に悪いから。
でも、目の前の梨はもう、俺の喉を通りそうになくて。
俺はもう手を付けることはないだろう果物を見つめた。

「保証人にならないとは言っていない」

「…え…?」

予想外の宅見の言葉に俺は視線を宅見に戻した。

「ただし、条件がある」

条件があると言った宅見の顔は真剣で。
その宅見の真剣な眼差しにこれから提示されるだろう宅見の条件が俺にとって、決して
良いものではないことを俺は直感で悟った。




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