… DOLCE VITE … 5










食事なんてしないで話を聞いたら帰ろうと思っていたのにタイミング良く運ばれる
初秋の趣きを表現した目にも舌にも喜びをもたらす料理を宅見の選んだ酒と一緒に
俺が味わったのはさっきの子供みたいな笑顔を見せた宅見が意外だったからかも
しれない。
相変わらず和やかとまではいかないものの宅見は俺の仕事や事務所のことを質問し、
俺はそれに答えるという形で会話は成り立っていた。

料理はというと申し分なかった。

イタリアンやフレンチ、アジア料理、どの料理にもその料理の良さがあってどれも
美味しい。
でも、やはり肩の力を抜き、落ち着いて食べられるのは和食だと思う。
どんなに高価な和食でも和食を食べると俺は何故か安心する。

「今日は本当に物を食べた気がする」

手酌で注いだ酒を飲みながら宅見はそう言った。
その様子は本当に久し振りに物を食べた人間のようで俺は単純に普段の宅見の食生活が
気になった。

「物を食べた気がするって、あんた、普段、何食べてるんだよ」

会席料理は既に中盤になっていて里芋と海老をメインにした炊き合わせが俺達の前に
並べられた後だった。

「俺に興味が湧いてきたのか?」

「あんたが変なこと言うからだろ」

さっきまで少し疲れたような顔をしていたくせに。
すぐ、これだ。

「夕食は殆ど、接待だな」

「接待って、あんた、何の仕事してるんだよ」

そういえば俺は宅見の仕事を知らない。
まぁ、別に興味もないけど。

「消費者金融をやってる。もっとも、父の後を継いだだけの若造だけどな。
 若造なもんでお偉方にご指導頂くのに四苦八苦してる訳だ」

その言葉の後、宅見は少し自嘲気味に笑いながら一年前に父親が急に死んだから仕方なく
継いだと付け加えた。

俺の家族は皆、元気で生きている。
祖父や祖母は俺がまだ小さな時に亡くなったからその時のことは余り記憶にない。

親はいつか自分より先に死ぬ。
頭では分かっていることだけれどそれは俺にとって全然、現実味のないことだった。

「悲しかった?」

俺は家族が大切だ。
父も母も兄も。
その中の誰か一人でも欠けたらきっと凄く悲しいだろう。
その悲しさに年齢なんて関係ないと思う。
だから、俺は何も考えずそう宅見に聞いていた。
その俺の問いに宅見の酒を飲む手が一瞬止まり、宅見の顔には皮肉めいた微笑が浮かんだ。

「…さぁ、どうだったかな」

触れてはいけないことに触れてしまった。
そんな気がした。

十組の家族がいればその家族の数だけ家族のあり方がある。
宅見の言い方はいい歳をした大人だから素直に悲しいと言わなかったといった感じでは
なかった。
俺と違って宅見にとって家族は安らぎとか安心といった意味だけをもつものではないの
かもしれない。

曖昧な返事を返してから黙って酒を飲む宅見に話題を変えようと俺は話のネタを探して
視線を彷徨わせた。

そして、俺は自分の器に入っている炊き合わせと宅見の器に入っている炊き合わせが微妙に
違っていることに気がついた。

あれ…?

俺にはある炊き合わせの人参が宅見の分にはない。
何故、人参だけが。

「なんで、あんたの人参が入ってないんだ?」

瞬時に宅見の表情が曇り、バツが悪そうなものに変わる。

まさか…
いい大人がそんなことある訳ないよな。
でも…

「まさか、忘れた、なんてないよな?」

不思議で仕方ない俺に宅見はバツが悪そうな表情を深くした。
もしかして、俺の勘は当たってるのか?

「……食えないんだ」

「は?」

呟くような声に思わず俺は聞き返していた。

「人参は食えないんだ」

なかば、やけくそのように宅見は言った。

俺の勘は当たった。
嘘だろ?

黒のカチッとしたスーツを着こなし、野性的な顔立ちのせいで威圧感さえ感じさせる
三十過ぎた大人の男がよりにもよって人参が食えないなんて…

「…冗談だろ?」

「…冗談じゃない」

「人参、食えないって。あんた、小学生かよ」

「小学生で悪かったな。あんな物は人間の食う物じゃない」

そう言えば子供の嫌いな物の定番は人参とピーマンだったよな。

「あんた、まさかピーマンも嫌いじゃないだろうな?」

冗談のつもりだった。

「あれも人間の食う物じゃないな」

冗談のつもりで言ったのに。
どうにでもなれといった感じで言い放つ宅見に俺は堪えきれず吹き出していた。

「…そんなにおかしいか?」

「悪い…でもさぁ、いい歳した男がさぁ、人参とピーマン食えないって」

宅見は眉間に皺を寄せ、笑う俺を見ている。

最初はなんて男だろうと思った。
不躾で遠慮がなくて。

でも

案外、宅見の根本はやんちゃな子供が大きくなった、そんな感じなのかもしれない。
しかし、それならそれで人参の入らない炊き合わせにすればいいのに。

「あんたさぁ、食えないなら人参の入ってない物にすれば良かっただろう」

「俺は前田さんの炊き合わせでそれが一番好きなんだ。それに前田さんは俺が
 人参を食えないことを知ってるからな」

そういえば会席料理の炊き合わせは小量しか盛られない。
普通ならそんな小量の炊き合わせの中に人参が入ってるか入ってないかなんて気付かない。
人参が入ってないことに俺が気付いたのは話題を変えようと視線を彷徨わせたからだろう。

「ふーん。まぁ、人間、誰でも苦手な物はあるからな」

俺はないけどね。

そう思いながらも笑ってしまったことを少し悪かったと思った俺はフォローをいれた。
そのフォローをいれた俺に宅見は楽しそうな微笑みを浮かべた。

「苦手な物があるのも悪いことばかりじゃないな」

出会った時はこの余裕ありげな笑顔が気にくわなかった。

なのに
今は…


「苦手な物のおかげでようやく、君の笑顔が見れた」


なのに、今は最初の時ほどその笑顔を嫌だと思っていない自分がいる。


『君の笑顔が見れた』


宅見の言葉を頭で反芻する。
相変わらず宅見という男はいまいち掴めない。

でも

俺は自分の感情の変化に自分のことすらもいまいち分からなくなっていた。




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