… DOLCE VITE … 21










ビデオの映像も音楽も全てが止まった。
夕陽が落ちた薄暗いワンルームに置かれたベッドの上で俺達は夢中で抱き合っていた。

まるで何かに追われているような切羽詰まった宅見の愛撫に心が震えた。

きっと、高校生でもこんなセックスはしない。
俺達はそんな高校生でもしない余裕の欠片もないセックスをした。

ただ、切なくて…

何度も何度もキスをして。
何度も何度も宅見に揺さぶられて。
宅見に抱かれながら俺は宅見を抱いた。

“想像する”

それは神が人間だけに与えたモノだ。

人はどんなに誰かを愛してもその愛した人と一つになることは出来ない。
肌が、皮膚がある限り。
それらが壁になって一緒になることを阻む。
だから、いくら抱き合ったところで宅見の孤独や寂しさは俺には一生分からないだろう。
でも、こうやって抱き合うことでこの瞬間だけでも独りじゃないと宅見に錯覚させて
誰かに愛されるということを想像させることは出来るかもしれない。

そう、宅見に想像して欲しい。
自分は独りじゃないということを。

だって、“想像”は人間だけに与えられた贈り物なんだから。



























「あ…っ…」

記憶にある快感にシーツから背中が自然に浮いた。
その浮いた背に手を差し入れられ上体を宅見の身体に引き寄せられ、俺は胡坐をかいた宅見に
導かれるまま宅見の首に腕を絡めた。

「…ん…っ」

自分の体重のせいで宅見自身が更に俺に深く沈み込む。
自分の中にいる宅見の強さに快感が増していく。
苦しいほどの強さと激しさにセックスという行為を借りて宅見が俺と一つになりたいと
思っていることが分かる。

それは無理なことなのに。

無理なことだと知っていながらもその無理なことに一生懸命になっている宅見に突然、俺の胸に
愛しいという感情が溢れ出してきた。

“愛しい”

自分を貫くこの男が愛しい。

愛しくて愛しくて…

抱き締めて、口付けて。
全てから守ってやりたい。

そう、宅見を守ってやりたい。


「…ゆう…いちっ…」

俺の口から洩れたのは宅見の名前だった。
自分の名前を呼ばれた宅見は泣きそうな顔で俺を見た。

「…智春」


俺の名前を呼ぶ声すらも泣いてるようで…

切なさの入り混じった愛しさに満たされて俺は宅見の唇に自分の唇を重ねていた。

どれくらい宅見と抱き合っていたのかは分からない。
まるで自分の中の欠けた何かを求めるような宅見のセックスに心も身体も絡め取られて、
何度も宅見を受け入れ、何度も達して疲れ果てた俺は気を失うように眠りに落ちていった。


































目が覚めた時、隣に宅見の姿はなかった。

ハンガーに掛かっていた喪服のジャケットもなくなっていた。
きっと、俺が寝てる間に自分のマンションに帰ったんだろう。
ぼやけた頭でそう思って俺はシャワーを浴びようとベッドから起き上がった。

身体を動かした時に微かに香ってきたのは宅見の匂いだった。
その宅見の残り香に宅見の匂いが残るほど愛されたことを今更ながらに実感した。

与えられるセックスは何度もした。
女の子相手でも、男相手でも年相応の経験は積んできた。
でも、あれほど強く求められたセックスは初めてだった。
相手に与えたいと思ったセックスも。

ベッドから立ち上がり、目の前のテーブルを見る。
何気なく見たテーブルの上に置いてある物に俺は自分の目を疑った。

「……ばか…」

ラップに覆われたソレに驚いてから思わずそう呟いていた。

丁寧にラップで覆われたそれは間違いなく俺の好きなチーズオムレツだった。
初めて宅見のマンションに泊まった翌日に俺の作ったオムライスを二人で食べた後、自分も
何かを作ってみたいと言った宅見に俺はオムレツの作り方を教えた。

卵料理は簡単なようで難しい。
だけど、一番取っ付き易い。

だから、オムライスの残りの卵を使って俺は宅見にオムレツの作り方を教えた。
一番シンプルな卵に牛乳と砂糖を加えたプレーンオムレツ。


『簡単に出来るもんなんだな』


元々、手先は器用なんだろう。
初めてにしては上出来なオムレツを作り終えた宅見はそう言った。


『俺はプレーンよりチーズオムレツの方が好きだけどね』

『チーズオムレツ?』

『うん。これにチーズを入れるだけ』


何てことはない会話だった。

だって、テーブルの上にあるチーズオムレツを見るまで俺自身そんな話をしたことすら
忘れていたんだから。

なのに…

そんな些細な俺の言葉を宅見は憶えていた。


「…冷めたチーズオムレツなんて美味しくないじゃん」

それに一人で食べたって美味しくない。
誰かと、ううん、あんたと食べるから美味しいんだ。

宅見の気配が微かに残る部屋で一人、心の中でそう呟いて俺はバスルームに向かった。

ベッドから起きて適当に近くにあったシャツを羽織っただけの自分の姿が洗面台の鏡に映る。
ボタンを止めてないシャツの隙間からは宅見が付けた紅い印が鮮明に見えていた。

鎖骨の上に付いているその一つを指でなぞる。

あれほど強く激しく俺を求めたくせに。
我を忘れたように俺を抱いたくせに。

宅見が付けた紅い印は服を着たら隠れる場所にしかなかった。

あれほど強く激しく俺を求めたくせに。

宅見は理性を残していた。


「……ばか」


そんな宅見が憎らしかった。

憎らしくて。

憎らしくて…

愛しい。

一片の理性すら無くすほど自分に夢中になって欲しいなんて。
そんなことまで望むほど俺は自分でも気付かないうちに宅見に夢中になっていた。




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