… DOLCE VITE … 15










ゆっくりと目を開ける。

少し靄がかった頭が自分のいる場所を確認しようと動き始める。


「……あ…れ…?」

見慣れない天井とベッドに思わずそう口にしていた。
自分の身体を包む暖かくて柔らかい掛け布団をそっと剥がし、身体を起こす。
その部屋は広いベッドとベッドサイドにテーブルがあるだけで余計な物は何もない部屋だった。

昨日は、宅見とクラブに行って、ギブソンを飲んで…

それからの記憶は所々しかない。

宅見とタクシーに乗った記憶はある。


『大丈夫か?』


タクシーの運転手に行く先を告げる宅見の肩に持たれていた記憶が蘇ってきた。

それから又、記憶は飛んで…


『…無防備過ぎるんじゃないのか?』

『…あんたのこと信用してるから』

『…随分、残酷なことを言うんだな』


ベッドに寝かされ、寝苦しくないようにと衣服のボタンを外されながら俺は宅見とそんな会話を
交した。

そうだ。

ここは宅見のマンションだ。

アルコールには強く無い。
ベッドから出ようと足を降ろすと昨夜のギブソンの余韻で身体が重かった。

身体だけじゃない。
頭も重い。

冷たい水を飲んでシャワーを浴びて出来ればサウナに入りたい。
でもその前に宅見に礼を言わなければ。

ベッドルームに微かに聞こえてくる音楽に宅見がリビングにいることは簡単に想像出来た。
ベッドルームのドアノブに手を掛けてドアを開ける。

開いたドアの向こうは既にリビングでリビング中央のソファーに座り、宅見は新聞を読んでいた。
俺の気配に気付き、宅見がこっちを見る。
ソファーに歩み寄る俺をコーヒーの芳ばしい香りが包んだ。

「…おはよう」

「おはよう、コーヒーを煎れたんだが飲めそうか?」

「うん、貰う。でもその前に昨日はごめん…」

「別に謝ることじゃないだろう?」

読みかけの新聞をテーブルに置き、宅見が苦笑する。
バツが悪くて視線を外した俺が見たのはソファーの隅に折り畳まれてある毛布だった。

「…あんた、ソファーで寝たのか?」

「あぁ、まぁ」

俺の視線を追って宅見も毛布に視線を落とす。
俺は更にバツが悪くなった。

家人を差し置いてベッドを占領してしまった。

「…マジでごめん」

酒は暫く控えよう。

「いや、独りで無いと熟睡出来ないんだ。だから、俺が勝手にこっちに移っただけだ。
 君が気にすることじゃない」


熟睡って…

ソファーで寝て熟睡なんて出来る訳ない。
普段はこっちを煙に巻くような言動ばかりのくせに不自然な取り繕い方をする宅見に俺は苦笑した。

「あんた朝ご飯は?」

「まだだ。どこか食べに出ようか?」

昨日、明らかに迷惑をかけたのは俺だ。
たいしたことではないけど迷惑をかけたお詫びくらいにはなるだろうか。

「朝飯、ていうかもう昼近いけど昨日のお詫びの印に俺がなんか作るよ。何がいい?
 あ、でも手の込んだ物は無理だけど…」

忙しく働く母親に代わって俺に料理を教えてくれたのは兄だ。

“自分のことが自分で出来て一人前”

家事の苦手な母親が決めた家訓のおかげで一人暮らしでも困らない程度に家事は出来るように
なった。

「…笑わないか?」

昨日のお詫びに朝食兼昼食のリクエストを聞く俺に宅見は少し考える素振りを見せた後そう言った。

「…多分」

図々しいくらいあけすけなことを言うかと思えば変なところでこっちの反応を気にする。
宅見と出会ってから結構な時が経っているのに相変わらず宅見自身は掴めないところがあった。

「…オムライスが食いたい」

「…オムライス?」

気まずそうに言う宅見に俺は思わず聞き返していた。

オムライスってオムライスだよな?


「…あぁ」

「…別に作れるけど…オムライスってオムライスだよな?」

「あぁ、肉は鶏肉の代わりにハムで」

人参とピーマンが食えない宅見の味覚はやはりお子様味覚だった。

「この歳でさすがに外では注文出来ないだろう?」

そりゃそうだろう。
大体、鶏肉じゃなくてハムを使う時点でホテルのレストランやしゃれた洋食屋でメニューに
載せているようなオムライスじゃないことが分かる。
そう、宅見のリクエストのオムライスは家庭仕様の物だ。
要するに家庭で作るオムライスを食べたいということらしい。

「分かった。じゃあ、オムライスね。でも、その前にシャワー借りていいかな?」

鶏肉の代わりにハムというところが俺の家のオムライスとは違うが作り方に変わりはないだろう。
そうだ、どうせならサラダも付けよう。
目覚めたばかりの頭で殆ど昼食のような朝食のメニューを考える。

「好きに使ってくれ」

自分のリクエストが笑われず聞き入れられたことに満足したのか宅見は上機嫌でバスルームに
案内してくれた。

分かり易いというか単純というか…

見慣れたスーツ姿じゃなくてTシャツにトレーニングパンツという寛いだ姿の宅見は普段よりも
少し若く見えて。
自分の前を歩く自分よりも遥かに大きな男を俺は可愛いと思っていた。




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