… DOLCE VITE … 13










俺の煎れたコーヒーをゆっくり飲み干した宅見は自分の隣にあるスーツジャケットを
手に取った。

「そろそろ、失礼するよ」

「あ、うん」


ゆっくりと立ち上げる姿さえ画になっている、そう思った。

左手にジャケットを持ち、立ち上がった宅見に俺も慌てて立ち上がり、二人で玄関に
向かった。

「久々に旨いコーヒーを飲んだ。ありがとう」

初めて会った時の意味深な微笑みとは違う素直な宅見の微笑みと言葉に俺は宅見を
見上げた。

「…なんで、俺にあんな話したんだよ」

宅見から康彦さんに対する複雑な思いを聞いてからそれはずっと俺の心に引っかかっていた。
どうして、たいして親しくもない俺に自分の本音を曝け出す気になったのか。
本当ならあんな自分の醜い部分は他人に知られたくない筈なのに。

「…さぁ、どうしてだろうな。自分でも良く分からない。ただ…」

「ただ?」

「誰かに聞いて欲しかったのかもしれないな。いや、吐き出したかったのかもしれない」

宅見は苦笑いを浮かべた。

変に親しくないからこそ宅見は俺にずっと自分が康彦さんに抱いていた複雑な感情を
話す気になったのかもしれない。

親しい人より親しくない人に話す方が楽なこともある。
特に親しい訳でもないけど全く知らない訳でもない。
宅見にとって俺は丁度いい位置にいたのだろう。

「迷惑だったんじゃないか?」

「別に、俺は…」

「芳賀を羨むだけしか能のない俺なんかの話を聞かされて」

素直に話していたかと思えばこれだ。
全く。

「又、そういう言い方する。康彦さんは康彦さん、あんたはあんた。今度、そんな
 捻くれた言い方したら本気で怒るからな!」

軽くたしなめるつもりで言った俺を宅見は嬉しそうに笑って見ている。
怒られて嬉しそうに笑うなんて本当に変な男だ、と思った時だった。

「今度ということは、又、会って貰えると思っていいのか?」

「え…?」

何も考えず言った俺の言葉にすぐさま反応した宅見を俺は呆然と見た。

「あんなことを言っておいてなんだが、君さえ嫌でなければ又、会って欲しい。
 一緒に食事をしたり、一人の友人として」

笑顔から一転して宅見は少し真剣な面持ちになっている。
簡単に言うと友達になろうという意味なんだろう。
ただそれだけのことを真剣な顔をして俺の様子を窺いながら言う宅見に俺は思わず
吹き出した。

「…笑うところなのか?」

吹き出した俺に宅見は訝しげな顔をした。

「ごめん、悪い。だって、真剣な顔するから何かと思ったらさぁ」

強面の三十過ぎのデカイ男が真剣な顔で言ったことが“友達になって欲しい”なんて。

「…こんなことを言ったのは初めてなんだから仕方ないだろう」

俺の目から視線を外して口許を手で覆う。
その宅見の姿はまるで子供がからかわれて拗ねてるようで。

体ばかりが成長した子供のような宅見に俺は微笑んだ。
自分に自信がないからこそ余裕有りげなことを言ったり、強気振る。
少しのことで簡単に傷付く繊細な自尊心を持つ少年。
それが宅見という男なのかもしれない。

「いいよ。時々、ご飯食べに行こう」

拗ねた顔が瞬時に嬉しそうな顔に変わる。

「いいのか?」

「うん」

俺の返事を確認する声まで嬉しそうで。
複雑そうで単純な宅見に俺は更に笑みを深くした。































『ぼたん』で二人でご飯を食べた日に宅見と俺は携帯の番号を交換した。
宅見から電話があるのは大抵、木曜日の夜十一時を過ぎてからだった。
それは車の中だったり、接待の会食を少し抜けた時だったり。
電話の時間は五分や十分と短いものだった。

その電話で、その週末と休日の予定を聞かれ、俺の予定が空いていたら食事に行く。
いつからか俺達の間にはそんな週末のパターンが出来ていた。
食事に行ったり、映画を見たり、まるでデートのような週末と休日を俺達は過ごしていた。

深い心理描写をメインにした映画が好きな康彦さんと違って宅見はアクションやパニックものの
映画を好んだ。

今まで自らはすすんで観ようとしなかったそれらの映画は観始めるとなかなか面白くて、
派手な効果音とアクションに俺はスクリーンに釘付けになった。

宅見と会うことで俺は意外と自分に“食わず嫌い”な物があることを知った。
大切にされて甘やかされて、それは康彦さんと付き合っている時には気付けないことだった。

いつものように週末の予定を聞かれ空いてると答えた俺に宅見は

『君がよく行く所に連れて行ってくれ』

と言った。

宅見にそんな風に言われたのは久し振りで。
宅見をどこに案内しようか迷った俺は美大時代の友人が勤めているクラブに宅見を連れて
行こうと決めた。

そこには少し驚く宅見を見たいという悪戯心もあった。
そして案の定、つんざめく音と光が氾濫した地下にある空間に宅見は困った顔をした。
ネクタイを締めてる姿は宅見だけという状況の中で俺は宅見をカウンターに案内した。

「智春、久し振り!」

カウンターの中から美大時代の友人の一成(いっせい)が身を乗り出し、俺に笑う。
そう言えばここに来るのは俺も久し振りだった。

「久し振り」

「どうしたんだよ。久し振りに来たと思ったら、えらくイイ男連れてんな」

挨拶を返した俺に宅見を見て一成が意味有りげな視線を送る。
そう言えば一成はバイだった。

「初めてまして。俺、一成って言います。お兄さん、名前は?」

「宅見だが…」

「宅見さんか。宅見さん、かっこいいね。モロ、俺のタイプ」

「一成!」

ノンケの男でもその気になってしまう微笑みを浮かべ、宅見を口説こうとする一成を俺は
たしなめた。

「なんだよ。宅見さんって智春の恋人?」

「違うよ」

「じゃあ、いいじゃん。宅見さん、俺みたいなのってどう?」

一成はすっかり宅見を気に入ったらしい。

今まで気にしてなかったけどそういう目で見れば確かに宅見はイイ男だ。
少し強面な顔も見方を変えれば野性的で男臭くて。
いかにも女性にウケそうだ。
その証拠に初めて宅見と会ったショットバーでも宅見は康彦さんと二人で女性客の視線を
集めていた。

「智春の恋人じゃないなら、俺と付き合ってよ」

一成はあっけらかんと軽い口調で宅見に言う。
そんな一成に宅見は苦笑を洩らした。

「悪いが今は彼に夢中でね」

苦笑を浮かべたまま宅見はちらと俺を見た。
一成をかわす為のセリフだろう。

そう、分かってるのに…

何故か俺の心拍数は上がった。


「え?でも恋人じゃないんだよね?」

宅見のセリフに一成は不思議そうに尋ねる。

「片想いでね。なかなか想いが通じなくて困ってる」

「ふーん。なんだ、残念。じゃあさ、智春を諦めたら俺とのこと考えてくれる?」

俺を無視して続けられる二人のやり取りに俺は溜め息をついた。

一成も一成なら宅見も宅見だ。
いくら一成をかわす為だとしても俺に片想いをしてるなんて言い過ぎだ。

考えれば考えるほど宅見の言ったことは悪ふざけにしか思えなくて。

「俺、踊ってくるから適当になんか飲んどいて」

そんな宅見の悪ふざけに妙な気持ちになったことがムカついて俺は宅見にそう言って
カウンターを離れた。




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