… deep in a dream … 8






女性とは普通に付き合ってきた方だと思う。

付き合った人数は二人だけだが彼女達の誕生日やクリスマスといったイベントには彼女達を
喜ばせなければいけないといった義務感から人並みに貴金属を贈ったりもした。

そんな俺の目の前で、今、俺が彼女達に贈った物とは比べものにならない光が揺らめいている。


「…それは?」

ブレスレットであるなら素足にする必要はない。

「アンクレットの由来を知ってるか?」

幾つものダイヤモンドが連なっているそれを伊原さんが俺の足首に填めながら言う。

「昔、奴隷の足に自分の奴隷と分かるように目印として輪を填めたのが由来らしい」

アンクレットを填めた俺の足首を伊原さんの手が撫でる。

「…奴隷?」

「これはお前が俺のものだという印だ」

足は降ろされ代わりに腰を引き寄せられる。
自分の足首で揺れる奴隷の輪に俺は視線を留めた。


俺が伊原さんのものだという印の奴隷の輪。

それは永遠の愛の証のマリッジリングよりも俺には重要なものに思えた。



「俺は伊原さんの奴隷?」

甘えるように伊原さんの首元に頬を擦り寄せ尋ねる。
数秒の沈黙後、俺の頭上からは伊原さんの喉元で笑う声が聞こえた。

「奴隷なのは俺の方かもしれないな。お前は俺を捕まえたんだ」


俺が伊原さんを捕まえた?

いや、違う。

捕まったのは俺の方だ。

あの鋭い、獰猛な力で溢れている瞳に俺は一瞬で捕まってしまった。


そっと顔を上げ、俺を一瞬で虜にした男の顔を見つめる。
その俺の視線の先には獰猛な肉食獣が口の端だけを上げ、自嘲気味に微笑んでいた。


「…俺が伊原さんを捕まえたって。そんなの信じられない」

伊原さんの首元に再び頭を預け、信じられない告白を否定する。

「嘘じゃない、お前は俺を捕まえたんだ。ここと…」

甘えながら否定する俺の瞼に伊原さんの唇が触れる。

「ここでな」

途切れた言葉の続きと一緒に伊原さんを何回も受け入れた場所に伊原さんの指が這う。

もう、既に梅雨は明けて季節は夏になった。
だから俺の着ているスーツも夏もので夏ものの薄い生地はその指の動きを余さず俺に伝えて
くる。

「……ぁ…」

その指の動きに俺の口から吐息が洩れる。

「どうした?ん?」

からかいを含んだ声に俺は咎める視線を送った。

「もうすぐマンションに着く。それまで待てるか?」

俺の咎める視線を受け止め伊原さんが軽く笑う。

「…早く、帰りたい…」

止みそうにない指の動きに腕を伊原さんの首に回し、強請るように言う。

「随分、我が侭な奴隷だ」

そんな俺に返ってきたのは楽しそうな伊原さんの声と俺の我が侭を宥める為のキスだった。















































今、俺の苦手な夏の強い日差しは力を失い始めている。

その力を失い始めた日差しを窓の外に見ながらリビングのソファーに座り、新しい小説を
手に取る。

高層階でありながらも十分に冷房の効いた新しいマンションのリビングは居心地がいい。

肌触りのいい部屋でひがな一日、本を読んだりビデオを観たりそんなことをしながら彼の
帰りを待つ。

毎晩ではないものの伊原さんに抱かれ、快楽で埋め尽され疲れて眠り、起きたい時に目を
覚ます。

このマンションに移って来てから俺はそんな毎日を過ごしていた。

外に出るといったらちょっとした買い物や伊原さんに呼ばれ外で食事をとる時ぐらいだ。
しかし、もとから人付き合いも少なく、得意でもなかった俺はこの生活に不満も不自由も
なかった。

欲しいものや必要なものは伊原さんの秘書だと紹介された片山さんに頼めばいい。

高級マンションの高層階にある俺という奴隷を捕えておく為の監獄。
伊原さんはそう言って笑ったが俺はこの監獄の生活を気に入っていた。


年齢は三十六歳、いくつかの企業の顧問をしている。

俺が彼について知っているのはそれくらいだ。
名前と年齢と大まかな職業。
そして、獰猛な光を湛えた瞳と俺を翻弄する唇と指。

一緒に暮らしているのにそれだけのことしか知らない。
他人が聞いたら不思議がるかもしれないが俺にはそれだけで十分な気がする。

そう。

あの瞳と俺を夢中にするあの魔法の言葉さえあれば俺には十分だ。

これが“愛”というものかどうかは分からない。
ただ、彼は俺がずっと欲しかったものを与えてくれる。
そう、望めば好きなだけ与えてくれる。

それは世間や俺が受けてきた教育の中で語られる“愛”というものより俺には確かなものの
ような気がした。












































久し振りに歩く街は夏の日差しで溢れていた。

日差しの力が弱まったとはいえ、まだ残暑は厳しい。

もうマンションに戻ろう。

そう思い、車に向けて歩き出そうとした俺は背後からの自分の名前を呼ぶ声に足を止めた。







next