… deep in a dream … 7






伊原さんの本当の姿を知った次の日、俺は初めて嘘を付いて会社を休んだ。

明け方近くまで彼を求め快楽を貪り続けた身体が思い通りに動いてくれないことが原因だったが
理由はそれだけでは無かった。

帰る素振りのない伊原さんと離れたく無かった。

彼がマンションから帰るまでずっと一緒にいたかった。

会社も仕事もどうでも良かった。


伊原さん以上に必要なものなんて俺にはもう何も無かった。






































簡単な朝食を作り、二人で食べる。

朝食の片付けもそこそこにソファーで寛ぐ伊原さんに呼ばれ、彼の膝の上に跨り消えかけていた
身体に又、火を灯される。

テーブルに前日置かれた拳銃はそのままの姿で鈍く輝いて俺達を見ている。

伊原さんを銜え込み、自ら淫らに腰を揺らめかせる。

そんな俺の背後からは朝食が終わってから伊原さんがつけたテレビの中でニュースキャスターが
最新のニュースを告げていた。


『……被害者は広域指定暴力団、菊田組系塚本組組長、塚本勇三さん五十四歳と
 判明致しました。被害者の塚本さんは昨晩……』


快楽で蕩け始めた脳にニュースキャスターの言葉が聞こえてくる。
生真面目な声でニュースを伝えるニュースキャスターの声に伊原さんは喉元で笑った。

「世の中、物騒なことがあるもんだ」


『……使用された拳銃は……』


俺を見上げる伊原さんの瞳には楽しくて仕方がないといった微笑みが浮かんでいる。

「気持ちいいか?」

口の端を上げ、笑いながら問掛ける伊原さんに俺は夢中で頷いた。

「……気持ち…いい…っ」

その俺の返答に伊原さんは俺の腰を掴むと自分の方にぐっと引き寄せた。

「あっ…!あ…っ」

心臓にまで届いてしまいそうな深い繋がりで引きずり出された快感に身体がビクビクと
痙攣し始める。

こんな快感があることを俺は伊原さんに教えられた。
普通のセックスでは使わない場所で感じられるようになったのも伊原さんと出会ってからだ。

細胞一つに至るまで全て伊原さんに造り変えられた俺にニュースキャスターの言葉はただの
音の集合体にしか思えない。

「いい子だな、美希。俺と一緒にいる限りお前は俺が守ってやる」

伊原さんに跨っていた身体を持ち上げられ繋がったままソファーに横たえられる。
伊原さんは俺の足を胸につくほど折り曲げると深く俺を抉り出した。

「はっ…あっ…ん!」

「…一度目はなんだと思う?」

擦れた声で伊原さんが俺に問う。
しかし、その問いは俺の答えを必要とはしていないようだった。

「お前に出会った時だ。俺の人生の中で一番、ゾクゾクした」

繰り返される最奥への挿入に神経は溶かされて意識は快楽の沼に沈み込んでいく。
そんな俺に伊原さんの言葉は遠くに聞こえる。

「物事なんて結果が全てだ。振られたなんて些細な嘘も初めてのセックスで何故
 あんなに感じたのかも今の俺達に辿り着く為のことだと思えば許せるだろう?
 なぁ、美希」


伊原さんが何を言っているのか俺にはもう、分からない。


「俺の腕の中にいる限り可愛いがってやるからな。その代わり逃げたら…」


快楽の沼に引きずり込まれた俺にはもう、何も聞こえない。


「物騒なことは何処にでも転がってる。それだけのことだ」



今の俺には聞こえない。


そう、聞こえない…



伊原さんが見付けた俺の中の一番感じる場所に伊原さん自身が何度も何度も打ち込まれる。
伊原さん自身が其所に触れる度に俺の身体は快感という名の嵐で乱れた。














































会社は先月末で辞めた。






























もとから職場にも仕事にも執着は無かった。

会社にとって俺の代わりなんていくらでもいる。

部署内で開いてくれた送別会で同僚に先のことを尋ねられたが俺は曖昧に笑って誤魔化した。
人間関係は良かった方だろうと思う。

「又、飯でも行こう」

「いつでも電話してこいよ」

そんな型にはまったような挨拶を交わし、皆と別れる。
皆の姿が遠くになった時、独りになった俺の横に一台の外国産高級車が静かに停まった。

後部座席の中からドアが開けられる。
ドアの向こうの暗がりの中にここ、ひと月で見慣れた口の端を上げただけの微笑みを浮かべた
男の顔を見付け、俺はドアの向こうに引き込まれるように滑り込んだ。

後部座席に座った途端、腕を引かれ男の胸に倒れ込む。

顎に指が添えられ上を向かされる。

唇が塞がれ伊原さんの舌が俺の口の中に挿し込まれる。

「…ん…」

その舌の甘さに俺は鼻から洩れる声を止められない。

運転席と助手席に人がいる後部座席でのキスは俺にはもう日常になっていた。

所詮、人間は惰性の生き物だ。

どんな、異状なことさえも慣れてしまえば日常になる。

走り出した車の中で上体が少しずつ後ろに傾く。
何度も角度を変え、俺の舌を貪りながら伊原さんは俺の膝の裏に手を差し込むと俺の右足を
持ち上げた。
セックスに繋がるような行為に俺は戸惑った。
車の中でしかも人がいる状態でのセックスにはまだ、抵抗があった。
伊原さんの肩を軽く手で押しやり唇を離す。

「…ここじゃ…だめ」

拒否をする声さえ自分でも驚くくらい媚を含んでいる。
そんな俺を伊原さんは見詰め微笑う。

「安心しろ、此処ではしない。帰ってから嫌って言うほど可愛いがってやる」

「…じゃあ、どうして…?」

足に手をかけたのか。

伊原さんの意図が解らず見詰める俺を無視して伊原さんは俺の靴を取り、靴下を脱がすと
俺の素足を自分の膝の上に置いた。

「いいものを見付けた。きっと、お前に似合うはずだ」

スーツのポケットに手を入れ何かを取り出す。
伊原さんは取り出した物を俺の目の前で揺らして見せた。

すれ違う車のライトや流れる夜の街の灯りを取り込み反射してそれは綺麗に輝いていた。






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