… deep in a dream … 6






少しだけ深いキスの後、伊原さんは俺の腰に手を添え、リビングへと歩き出した。
伊原さんがソファーに腰掛け、ネクタイを緩める。
人によってはだらしなく見える姿も伊原さんがすると不思議とだらしなくは無い。
むしろ、円熟された大人の男の色気を醸し出す。
どんな姿も絵になる大人の男は彼に出す飲み物をキッチンに取りに行こうとした俺を
手招きした。

「美希、おいで」

手招きされるまま伊原さんの側に行く。
彼の横に座ろうとした俺は彼に手を引かれ、彼に導かれるままに彼の足の上に座らされた。

「…どうしたの?」

「言っただろう?気分がいいと。今日は俺が生きてきた中で二番目に楽しい日だ。
 だから、美希も一緒に祝ってくれ」

伊原さんが自分のことを俺と言うのを俺は初めて聞いた。

「二番目?」

「あぁ」

その返事と一緒に伊原さんの手がバスローブの下から潜り込み俺の太股の内側を撫でいく。
平日に伊原さんが俺を求めてきたのは初めてだった。

「…ぁ……」

太股を伊原さんの手が這う。

それだけのことなのに。

週末ごとに明け方近くまで抱かれ伊原さんに拓かれた俺の身体は更なる快感を求め始める。

「…どうして…?今日…は…」

乱れ始めた息で尋ねた俺の首筋を彼の唇が這う。

「もう、いいんだ」


もう、いい?

何がもう、いいのだろう。

俺が彼の言った言葉の意味を考えている間にも伊原さんの手は俺自身に触れるか触れないかの
微妙なところで蠢いている。

「…伊原さん…っ」

俺はその焦らされる愛撫に堪え切れず彼の名を呼んだ。

「美希、いい子だな。俺にどうして欲しいんだ?」

耳元で囁かれる言葉に理性は簡単に敗北する。

「…焦らさないで…触って…」

自ら足を拡げ、彼の手を俺自身へと導く。

「いい子だな」

ずっと欲しかった言葉が与えられ彼の手が俺自身を愛撫し始める。

「…あ…っ」


砂漠の大地に雨水が染み込むように俺の身体に巧みな彼の愛撫が染み込んでいく。

彼に操られるままに身体は追い上げられ、灯された快楽の火は別の場所へと転移する。

そう、其所は伊原さんに拓かれた場所だ。
そして、伊原さんだけを受け入れる為の場所。
其所は散々、伊原さんを受け入れ伊原さんを受け入れることがどれ程の悦びをもたらすかを
知っている。


早く。

早く、伊原さんで俺を埋めつくして欲しい。


「美希、俺が欲しいか?」

伊原さんは微笑んでいる。
その微笑みを見詰めたまま俺は頷いた。

「俺がいなければ生きていけないだろう?」


そう、伊原さんが伊原さんの言葉がなければ俺はもう、生きていけない。

だから、早く。

早く俺を埋めつくして。

俺自身を愛撫する伊原さんの手に自分の手を重ね、俺は何度も頷いた。


「いい子だな。ご褒美にいい物を見せてやる。その前にこれを何とかしないとな」

伊原さんの喉元で笑う声が聞こえた後、唇を深いキスで塞がれ強弱をつけた彼の手の
動きに促され俺は彼の手の中で果てた。















































肌蹴たバスローブを直しもせず果てた後の姿のままで俺はソファーに横たわっていた。

そんな俺の頭を撫でると伊原さんは足元にあったカバンから何かを取り出した。
楽しくて仕方が無いといった顔でそれを左手に持つ。
左手に持っているのは伊原さんが左利きだからだ。
彼の左手に握られている黒く無機質な塊を俺は今までテレビや映画でしか見たことが無かった。

そう、そんな物は俺の中ではテレビや映画でしか存在しない物だ。

でも、不思議とそれに恐怖は無かった。

いや、俺は伊原さんと出会った時から頭の何処かで気付いていたんだ。
だから、彼を一目見た時に俺の理性が警笛を鳴らした。
この男はダメだと。
なのに、彼の瞳の奥に垣間見えた強い光に俺は一瞬にして囚われてしまった。

一度、彼に囚われた俺はもう、彼から離れられない。


二度と離れられない。


そう、きっと…


死ぬまで伊原さんから離れられない。


身体を起こし瞳の奥に宿る狂暴な光を隠そうともせずに微笑んでいる伊原さんの頬に手で触れる。
その俺の手に彼の手が重なり掴まれ身体を引き寄せられる。


逃げられない。


逃げる気もない。


伊原さんの背中に腕を回す。

「本物みたいだと思わないか?」

耳元で伊原さんが楽しそうに囁く。
この時になって俺はもう、いいんだと言った伊原さんの言葉の意味がようやく解ったような気がした。

そう、もう、いいんだ。

これから、俺はただ、伊原さんに求め続ければいいんだ。

「いい子だ」

という魔法の言葉と俺の渇きを満たす彼の温もりを。

「…そうだね。本物みたい…」

俺の返答に伊原さんが喉元で笑う。

「お前の欲しいものはこれから俺が全て与えてやる。だから、何でも言えばいい。
 まず、手始めに何が欲しい?ん?」

伊原さんにお前と呼ばれたのも初めてだった。
優しく促され、強く伊原さんに抱きつく。


俺が欲しいものは一つだけだ。

他に欲しいものなんてない。

俺が欲しいもの、それは…



「…伊原さんが欲しい…ちゃんと抱いて」

テーブルの上にゴトリと硬い物を置く音がする。

「いい子だな、美希。いくらでもくれてやる」

俺の身体を抱き上げ伊原さんが寝室に向かって歩き出す。
伊原さんの肩越しにテーブルに視線をやる。

そのテーブルの上には世間一般の人間は滅多に見ることの無いだろう“拳銃”という
固有名詞を持つ物質が鈍く輝いていた。






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