… deep in a dream … 4






「…シャワーを貸して下さい」

ベッドの上で上体を起こした姿で彼に言う。
俺の言葉に彼は苦笑を洩らしながらベッドの横に歩いて来た。

「シャワーを浴びて着替えてここを出て、もう私とは会わない」

ベッドに腰を下ろした彼の手が俺の頬に触れる。

「そんなところかな」

俺の心を見透かしているような彼の言葉に俺は返す言葉もなくただ、彼を見詰めていた。

「冗談のつもりだったのに当たってしまったらしい」

「…それは…」

何をどう言えばいいのか俺には分からなかった。

「昼食はルームサービスを頼んでおこう。私はこれから仕事で出掛けなければ
 いけないが君にはここで私を待っていて欲しい。夕食は和食に…」

「待って下さい」

まるで昨日からの約束のように今日の予定を話す彼を俺は遮った。

「だって…」

頭がこの展開に追い付いてゆけない。


だって、俺はシャワーを浴びてタクシーに乗ってマンションに帰って…


それから…



「私が嫌いかな」

突然の問いは更に俺を混乱させた。

昨日、出会ったばかりなのに。


「…分かりません」

「あんなに愛しあったのに?」

愛しあったという言葉に昨晩の自分の恥態が蘇る。

「それは…」

「それは?」

彼に言われるまでもない。

あんなセックスは初めてだった。

もちろん、抱く側と抱かれる側の違いはあるだろう。
相手が同性だということもある。
しかし、それら全てを除いてもあんなに感じたセックスは初めてだった。

いや、違う。

身体だけじゃない。
一番、感じたのは心かもしれない。

彼は俺の心を自由にしてくれた。



「私は君とのことを昨日限りにしたくない。君はどうかな?美希、君の返事を
 聞かせて欲しい」

髪を梳かれ、微笑みを浮かべた彼に問われる。

俺を見詰める彼の瞳に俺は抗う術を無くしていた。


抗えない。


彼は俺の求めていたものを与えてくれる。

彼だけが俺を求めてくれた。

抗うどころかきっと俺は彼のこの言葉を望んでいた。

とっくに俺の中で答えは出ていたのかもしれない。

彼と終りにしたくないという答えが。


「…貴方と一緒にいたい。僕と一緒にいて下さい」

まるで中学生の告白のようだと思った。
そして、それは俺が初めて自分から求めたことだった。

「じゃあ、決まりだ。八時にはここに戻れる。それまでここでゆっくり休んで
 いればいい、何か必要な物があればルームサービスで頼めばいい」

彼が戻るまでのここでの過ごし方を彼は俺に説明した。

「…はい」

それに返事を返す。

俺の返事が終ると彼は俺の顎に指を添えてきた。
そっと顔が上に向く。
触れた彼の唇は昨日と何の変わりも無かった。








































彼、伊原さんと出会ってから半年が過ぎた。
俺達は同性だという点を除けば何処にでもいる恋人同士のような関係を続けていた。

いや、違う。

恋人というよりは愛人という表現の方がしっくりくる。
そう、俺は伊原さんの愛人になった。

何故なら今、俺は伊原さん名義のマンションに住んでいる。
俺名義にという伊原さんの申し出を俺が断ったからだ。
次々と伊原さんから与えられる見たこともないような時計や貴金属、オーダーメイドの
スーツ。
靴、カバン。

人間とは惰性の生き物なんだろう。

断っても断っても与えられるそれらにいつしか俺は慣れていった。

だからといってそれらを俺自身は望んではいない。

ただ、それらを受け取る俺を嬉しそうに見る伊原さんに答えたかった。
それに伊原さんと一緒に出掛ける先で伊原さんに恥をかかせたくないといった思いもあった。

俺のような凡人では入れないような有名レストランや料亭。
週末毎にそういった所で食事をし、二人でマンションに帰り、伊原さんに抱かれる。
平日でも三日と空けず伊原さんはマンションに来る。
しかし、俺の仕事のことを考えてくれてるのか平日には俺を抱かない。

平日には俺に触れない。

一度、快楽を知った俺の身体を焦らすように。

伊原さんに与えられる快楽に染められた俺の身体はいつしか週末を待ち待ちわびるようになっていた。


伊原さんが欲しい。

伊原さんに抱かれたい。

「いい子だ」

と言われ自由になりたい。


それはまるで麻薬のようだった。


心が身体が伊原さんを渇望する。


その渇望に耐えきれず平日、伊原さんの来ない日に俺は自分を慰めることもあった。

伊原さんの手を指を唇を言葉を思いながら自分を慰める。

しかし、自分を慰めた後に俺を包むのは何時だって虚しさだけだった。

伊原さんに囁かれ、伊原さんの手で指で唇で愛されなければ意味がない。


満たされない。


自由になれない。


伊原さんから与えられる物に快楽に細胞まで染め上げられ俺はいつしか伊原さんのいない
生活を考えられなくなっていた。






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