… deep in a dream … 3







―全て私に任せていればいい―




俺は何も考えなくてもいい。

その甘い誘惑に心が彼に傾いていく。

「私に触れられるのは嫌かな?」

「……どうして僕なんですか?」

俺の背中を彼の手が宥めるように撫でる。

「じゃあ、君はどうして私の誘いを断らなかった?」

俺の問いは問いで返された。


俺は何故、彼について来たのだろう。
どうして彼の誘いを拒まなかった。


どうして…



「……貴方だったから。貴方と」


離れたく無かった。

頭に浮かんだ答えは何故か口にしてはいけないような気がした。

返事の途中で口篭ってしまった俺を彼は微笑みを浮かべ見詰めている。

「私もだよ。君だからこの部屋に誘った」

「…僕、だから…?」


それは嘘かもしれない。
でも、嘘でも構わない。

少しでも彼に気に留めてもらった。

それだけでいい。

たとえそれが今夜限りのことでも…


「これだけでは君を誘った理由にはならないかな?」

彼の答えに俺は頭を横に振った。


それだけでいい。
他は何もいらない。


そう思い顔を上げる。
上げた顔に彼の顔が重なる。
さっきとは違う深いくちづけに俺は腕を彼の背中に回し、自ら彼に身体を預けた。



































広いベッドの上で一糸纏わぬ俺の身体の上を彼の唇と手が這う。

「あ…っ…」

丹念に施される愛撫に堪え切れない声が漏れる。

与えられる快感。

俺は何もしなくていい。
只、与えられる快感に溺れていればいい。
それは小さな頃から絶えず俺の心にあった説明のしようのない重い鉛のような何かを
取り除いていくようだった。


心が身体が解放されていく。



「あっ…あ…」

俺自身を彼の手が強弱をつけ追い上げる。

「いい子だ」

自ら足を広げ、矯声を隠そうともせず自分にしがみつく俺に彼は微笑みながらそんな言葉を
囁く。
そして、その言葉は俺が彼の愛撫に感じ、乱れれば乱れるほど囁かれる。

感じれば感じるほど、乱れれば乱れるほど褒められ、褒められれば褒められるほど感じる。

そんな際限ないやり取りに俺は何もかもを忘れただ、快感に溺れていた。

彼の早くなった手の動きに導かれ彼の手の中に欲望を放つ。
欲望を吐き出し荒い呼吸に胸を上下させている俺にキスが与えられる。

「いい子だ。最初は辛いかもしれないがこれから、もっと良くなる」

キスの後、そんな言葉を囁かれ俺は身体をうつ伏せにされた。





腰を高く抱え上げられる姿勢にこれから始まることの予測は出来た。
まだ、誰にも触れさせたことのない場所に彼の指が何かを塗り込めていく。

「…な、に…?」

指の動きに息が乱れる。

「心配しなくていい。私を受け入れる為の準備だよ」

優しげに言われる。
初めての感覚に身体が戸惑ったのはほんの数分だった。
自分の中を蠢く彼の指がまるで別の生き物のようだった。

そんなところに異物を入れられているのに時が経てば経つほど身体に点いた火は拡がっていく。

増やされた指でもその火は止められない。


初めてのことなのに…


早く彼が欲しいと思った。


「いい子だ」

その言葉が嬉しくて顔を横に向けキス強請る。
望んだキスはすぐに与えられ、抜かれた指の代わりに彼が入り込んできた。

少しの時間をおき、彼が動き始める。
彼の動きに俺は意識を飛ばすほどの快楽がこの世にあることを知った。

何もかもが彼に与えられる快感で染められる。

心も身体も神経も。


俺の細胞の全てが彼に与えられるもので染められ、生まれ変わっていく――


「あっ…あっ…」

もはや、俺の口から漏れるのは乳児があげるような原始的な声だけだった。

「美希、いい子だ」

少し乱れた息の彼の声に彼も感じていることが分かる。

もっと…

もっと、感じたい。

もっと、感じて欲しい。

もっと、自由になりたい―


もっと…


もっと…



彼を更に感じたくて、彼にも感じて欲しくて自ら足を広げ、腰を上げる。

「…も…っと…っ」

淫らな言葉を口にする。

「いい子だな、美希」

与えられる言葉に促されるように自分の指を自分自身に絡める。
羞恥心なんて欠片も無かった。
彼に抱かれている今だけは俺は彼に必要とされている。
何処にも無かった俺の居場所を彼は一晩だけだとしても作ってくれた。
誰かに必要とされている幸運感にぼやけていた自分に輪郭が生まれてきたような気がした。
たとえ、それが一晩だけのことだとしても俺は幸せだった。


































微かに聞こえる誰かの話声に意識が覚醒していく。
ゆっくりと開けた目に真っ先に飛び込んできたのは見慣れないシーツの色だった。


――夢じゃなかった。


彼も昨晩の出来事も全て夢ではなかった。

腰に残る経験したことのない鈍いだるさとまだ隣に残っている自分以外の体温がそれを
証明している。


これからどうすればいいのだろう…


ベッドに沈んだままそんなことを考える。

気紛れで抱いただけの相手に何時までも居座れるのは嫌だろう。

少し考えて同じ男として頭に浮かんだのはそんな答えだった。

シャワーを借り、ここから帰ろう。
身体は余り言うことを聞いてくれそうにないがタクシーに乗るくらいは何とかなるだろう。
幸いにも今日は土曜日だからマンションに帰って明日一日、身体を休めれば月曜日から
出社も出来る。
食事はコンビニで買って。

と、そこまで考えて俺はベッドの中で独り苦笑した。

どんなに幸せな夢でも醒めてしまえばただの夢だ。
何時までも夢の中にはいられない。

げんに俺はもう、月曜日から始まる現実に思いを巡らせている。

ベッドの中の俺に隣のリビングで電話をしているらしい彼の声が聞こえる。
俺のことを気遣ってか声は落としている。
その落としている声が途切れるのと俺が上体を起こしたのとは同時だった。

ベッドルームとリビングを隔てている扉が開き、彼が姿を現す。
バスローブをはおっただけの格好なのにやはり彼は人を惹き付けて止まない雰囲気を全身に
滲ませていた。

「おはよう」

「…おはようございます」

苦味のある笑顔を浮かべた彼の挨拶に俺は戸惑いながら応えた。

全てを手に入れているような彼と何もない俺。

答えは一つしかない。

シャワーを借りてこの部屋を出よう。
そして、日常に戻ろう。

そう思い俺は彼を見詰めた。






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