… call you … 6






さっきまでの寒さを忘れるくらい温まった俺は俺がお風呂に入っている間に洋平が用意してくれた
バスローブを着て、恐々、ダイニングに向かった。

ダイニングではスーツのジャケットを脱いで、ネクタイを外した洋平がソファーに座ってタバコを
吸っていた。

「ちゃんと温まったか?」

「……うん」

「それならいい。こっちにおいで」

ダイニングの隅に立つ、俺に気付き、洋平が俺を呼ぶ。
洋平に従ってソファーに近付いた俺の手を握り、洋平は俺をソファーに座らせると俺と入れ違いに
ソファーから立ち上がり、キッチンに行った。

キッチンに立つ洋平の後ろ姿を見てから、視線をテーブルの上に移す。
テーブルの上に置いてある灰皿にはたくさんのタバコの吸いがらがあった。

「ほら、カフェオレだ。ミルクたっぷり入れたからな、熱いからゆっくり飲むんだぞ」

どうしていいか分からなくて灰皿を見ていた俺にキッチンから戻って来た洋平がコーヒーカップを
渡してくれる。
大きめのカップには湯気を立てたカフェオレがたっぷり入っていた。
そのカップを両手で包み、息を吹きかけてから口に運ぶ。

「…っ!」

熱いから気を付けろと注意されたのに、簡単に息を吹きかけただけでカフェオレを飲んでしまった俺は
カフェオレの熱さに舌を火傷した。

「だから、言っただろ。大丈夫か?ほら、見せてみろ」

舌を火傷した俺に洋平が慌ててソファーの下に膝を付いて屈み込み、俺の様子を窺う。
至近距離で見る俺を心配する洋平の顔と優しい目にずっと凍えていた心と唇が溶けた。

「……ごめんなさい…」

「千裕…?」

「…ごめ…なさ…っ…」

2回目に謝った時には涙を我慢出来なくて、言葉を詰まらせてしまった俺は顔を伏せた。

「…お前だけが悪い訳じゃないだろ?」

俯いた俺の頬を撫でてくれる洋平の手の温かさに洋平を絶対、失いたくないと思った。

「…ごめんなさい…っ…だから…だから、嫌いにならないで…っ」

「千裕…」

「俺…もう、我が侭言わないから…っ鍵もいらない…っ…」

次から次へと溢れる涙をそのままに俺は片手で洋平のワイシャツの袖を掴んだ。
洋平を失うくらいなら何もいらないと思った。

「一番じゃなくてもいいっ…二番でも、三番でもいいっ…俺のこと嫌になったんなら、
 洋平がもう一度好きになってくれるまで待つからっ…ずっと、待つからっ…」

一度溢れ出した思いは涙と一緒で止めようがなくて。

「千裕、お前…」

ごちゃごちゃな頭の中を整理することもなく、次から次へと浮かんだ言葉を口にした俺は顔を上げると
洋平の目を真っ直ぐ見つめた。

「…だから…だから…洋平の側に居させて…っ」


必死だった。

一番じゃなくてもいい。
何番目でもいい。
洋平の側に居れるなら。

本当にそう思った。

必死の告白をした俺を洋平は驚いた顔で見ている。
何か、何でもいいから言って欲しい。
そう思って、洋平の顔を見つめ続ける俺に洋平は深い溜め息をつくと、俺の手からカップを取り、
そのカップをテーブルの上に置くと困ったように笑った。

「あぁ、もう、我慢の限界」


我慢の限界…

洋平の言った言葉に頭の中を真っ白にした俺の体を突然、洋平が抱き上げる。
困ったように笑ったままの洋平に横抱きに抱き上げられた俺は洋平が何をしようとしているのか
分からなくて、洋平の横顔を見つめた。

「ちゃんと捕まってろよ」

それだけを言って洋平は俺を抱き上げたまま、歩いて行く。
どうしていいか分からなくて洋平の首に腕を回して、前を向いた俺の目にベッドルームのドアが見える。
少し開いてたそのベッドルームのドアを洋平は足で開けるとそのまま中に入った。

電気のついていないベッドルームは外から入ってくる灯りで薄明るい。
そんな薄明るい部屋のベッドの上に俺はそっと下ろされた。

どうして、部屋の電気をつけないのか、ベッドに俺を下ろしたのか、聞きたいことで頭は一杯なのに。
何から聞けばいいのか分からなくて戸惑う俺の顔に洋平の顔が近付いてくる。
突然のキスに俺は目を閉じることも忘れていた。

洋平と付き合い始めて大人のキスは何度かした。
でも、今日のキスはいつもする大人のキスとは全然違っていた。
長い、長くて、深い。
歯列をなぞられたり、上顎をくすぐられたり、舌を深く絡められたり。

「……ん…っ…」

今までしたことのない深いキスに俺は頭の芯が痺れたようになって無意識に声を洩らしていた。
ぼーっとなった頭のせいで体から力が抜けていく。
突然の長くて深いキスに驚いて握り締めた洋平のワイシャツから力を無くした俺の指が離れた時に
洋平の唇も俺の唇から離れた。
薄明るい部屋の中で洋平が俺を見下ろしてくる。

「せめて、お前が高校を卒業するまではと思って我慢してたのに」


我慢…?

何を我慢してたんだろう。
いまいち洋平が言ってることの意味が分からなくて俺は目を瞬かせた。

「目の中に入れても痛くないくらい惚れてるお前にあんな健気なことを言われて
 我慢出来るほど、俺は枯れてないんだ」

苦笑いしながら洋平がからかうように囁く。
ここになって俺はやっと、洋平の言う我慢の意味が分かった。

「…俺……」

いざ、洋平の言ってることの意味が分かると自分がベッドの上にバスローブ一枚でいることがとても
恥ずかしくなって、俺はいたたまれなくなった。

「…お前は誤解してる。お前を泊めなかったのは自分の理性に自信が持てなかったからだ」

俺がどうしていいか分からなくなってることを分かってるくせに洋平は告白を止めない。

「鍵はお前とちゃんとそういう関係になってから渡そうと思ってた。でも、それがお前を
 不安にさせてたんだよな。ごめん」

低くくて甘い声で俺の耳許で謝って俺の額にキスをする。

「年上だからって大人振るのはもう止める。ありのままの俺でいく」

「…洋平」

まるで自分に言い聞かせるように呟いた洋平の手が俺の頬をそっと撫でる。

「だから、我慢も止めた。お前が俺以外のヤツに守られてるのを見た時、一瞬何もかも
 忘れるくらい腹が立った」

真っ直ぐに俺の目を見て言う洋平の目は怖いくらい真剣で、俺は何も言えなくなった。

「…今夜は帰さないからな」

緊張してる俺に気付いたのか洋平が少し茶化した口調に変える。
付き合うってことはいつか洋平とそういうことになるだろうって考えてはいたけど。
まさか、急にこんな展開になるとは全く考えてなかった俺はここにきて焦った。

「お、俺…っ心の準備が…」

洋平のことは好きだし、洋平とならエッチしてもいいって思ってた。
だけど、あまりにも突然過ぎて。
俺は慌てて体を起こした。

「お前は何も準備しなくていい。それにずっと泊まりたいって言ってただろ?」

俺を追うように体を起こした洋平は俺の体の両側に手をつくとぐっと顔を近付けてきて少し意地悪な
笑顔を浮かべる。

「そうだけど…で、でも…っ」

「でも?」

洋平と付き合うようになって俺は男同士のエッチの仕方を自分なりに調べた。
だから、男同士がどうやってエッチするかも頭では分かってる。

でも、結局は頭で分かってるだけで…


「……怖い…」

それは正直な俺の気持ちだった。

「俺がお前に怖いこと、したことあるか?」

正直に打ち明けた俺の目を見て、洋平が優しく囁く。
その洋平の言葉に俺は頭を横に振った。

「じゃあ、痛いことは?」

それもない。
洋平はいつだって俺を守ってくれた。
そう思って俺は又、頭を振った。

「だろ?」

優しい目で洋平が俺に同意を求める。

「…でも……」

まるで誘導尋問のような洋平とのやり取りに俺はとうとう、追い詰められて何も言えなくなった。

「…千裕は可愛い。千裕は世界で一番イイ子だ」

言葉を詰まらせた俺の髪を撫でながら、洋平がそっと囁く。
その言葉は昔、俺が怒られたり、悲しくなって泣いた時に洋平が俺を慰める時に言ってくれていた
言葉だった。

「千裕は可愛い。世界で一番可愛い」

「……洋平…」

何度も何度も髪を撫でられ、額にキスが落ちてくる。

「千裕は可愛い。千裕を愛してる」

何度か可愛いと囁かれた後に続いた愛してるというセリフと一緒にそっとベッドに倒される。
小さい頃から何回も俺を幸せにした魔法の言葉に俺の体から強張りが解けていく。

「千裕、大丈夫。何も怖くないから。俺が側にいるから。ずっと、お前を抱き締めてるから…」

優しく俺を見下ろす洋平の目に戸惑いと恐怖が薄れていく。

「千裕を愛してる」

それはダメ押しの一言だった。

「千裕に触れたい。千裕にキスしたい。千裕を抱きたい。千裕は?」

甘くて優しい声と優しい笑顔と優しい言葉。

まるで、暖かくて柔らかい毛布にくるまれたような心地良さに俺は洋平の目を見つめ、コクンと
頷いていた。






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