… call you … 4






江上に腕を引かれて、ようやく歩けるようになった俺は高校の近くにある公園に連れて
行ってもらった。

太陽が落ちかけた公園では、もう子供達も遊んでいない。
ベンチに座って、ベンチの横にある木を眺める。
その木は俺が子供の時に好奇心から登って降りれなくなった木に似ていた。

今見れば、そんなに高くない木なのに、小さな子供の俺にはとても大きな木に思えた。
木の上から下を見たとたん、地の底に引きずり込まれそうな気がして、怖くて、足が
動かなくなった俺は泣きながら洋平の名前を呼んだ。

何度も、何度も。


『千裕、ほら、大丈夫だからおいで』


俺の名前を呼んだ洋平の手が俺に伸びる。
洋平の手を握った俺は洋平に抱き止めてもらい木の上から降ろしてもらった。


『危ないだろ!怪我でもしたらどうするんだ!』


初めて聞く洋平の怒鳴り声に体を強張らせた俺の背中を洋平が宥めるように優しく何度も
撫でてくれる。


『ごめんな。怒鳴ったりして。もう大丈夫だからな。怖かったな』


さっきの怒鳴り声とは違う、聞き慣れた優しい洋平の声に俺はやっと安心し、洋平に
ぎゅっと力いっぱい抱き付く。


『洋ちゃんっ…洋ちゃんっ…っ』


洋平の優しい声を聞いたとたん、さっきまで忘れてた恐怖を思い出し、俺は泣きながら
洋平の名前を呼ぶ。

そんな俺を洋平はしっかりと抱き締めると俺が泣き止むまで背中を撫でてくれた。

あの時から俺の想いはなにも変わってない。
洋平にずっと側にいて欲しい。
俺だけを見ていて欲しい。

それだけ。
たったそれだけ。

他は何もいらない。
洋平が側にいてくれるなら何もいらない。

なのに…





















「小笠…これ」

思わず溢れそうになった涙は江上が横に座ったことでグッと我慢した。

「……ありがとう」

江上が手渡してくれたミルクティーの缶は温かかった。
冷たくなった手を温めたくてミルクティーの缶を両手で包む。
俺の横から缶を開ける音が聞こえてくる。



『ほら』



コーヒーが苦手な俺に洋平はいつもミルクティーを買ってくれた。
そして、プルトップを上げて渡してくれた。



『熱いからゆっくり飲むんだぞ』



そう言って渡してくれた。
ミルクティー一つ飲むのにも洋平は俺を甘やかして。

握り締めたミルクティーの温かさが次から次へと俺に洋平の優しさを思い出させる。

どうしよう

どうしよう…

俺は知らない間にこんなにも洋平に甘やかされてた。
鍵が欲しいなんて我が侭言わなきゃ良かった。

気付かないうちにたっぷり洋平の優しさにくるまれて、包まれて、ミルクティー一つさえ、
洋平がいなきゃ飲めない。

洋平がいなきゃ…


「……俺、どうしよう…」

きっと我が侭ばかりの俺に洋平は呆れた。
ミルクティーの缶を持つ手が微かに震えてくる。
それは寒さのせいじゃない。

「小笠…?」

洋平に好きだって言われて、舞い上がってた俺はすっかり忘れてた2年前のことを思い出した。
洋平に微笑みかけていた綺麗な人のことを思い出した。

「……どうしよう…」

俺みたいな我が侭な子供なんかと付き合わなくても洋平の周りにはたくさんの綺麗な人がいる。

「……俺…」

高校生にもなって人前で泣くなんて恥ずかしいことだけど、俺は次から次に溢れる涙を
止められなかった。
ミルクティーの缶を握り締めたまま泣く俺を江上はバカにしないで慰めてくれた。






























『…俺、余計なことしたよな…ごめん』


きっと江上には俺が洋平を好きだってバレたと思う。
でも、江上はそのことには触れないで、江上の話をしてくれた。


『俺、今、年上の人と付き合っててさぁ。ケンカ中なんだ。でも、ケンカって
 言っても俺が勝手に怒ってるって感じでさ…』


少し切なそうに笑う江上は同じ年なのに俺より大人に見えた。


『年の差があるからしょうがないのかもしれないけど、なんか俺ばっか
 好きみたいでさ…』


俺と同じだ。
そう思った。


『そんなんでイライラしてたから、つい、なんかお前とあの人のことが自分に
 重なってさ…ごめん。小笠が嫌じゃなかったら俺、あの人に謝るから』


俺が泣き止むまで、ずっと一緒に居てくれた江上は洋平に謝るとまで言ってくれた。
江上のその気持ちが嬉しくて俺は江上に笑って“大丈夫”と言った。

江上と別れて俺は家には帰らないで、洋平のマンションのある駅で降りた。
江上の言葉が俺を後押ししてくれた。
さっきは江上の後ろに隠れてたけど、いつまでも誰かに甘えて逃げてばかりいる訳には
いかない。
それに悩んでるのは俺だけじゃない。
洋平に好きだって言われて嬉しくて、すっかり忘れてたけど、俺はちゃんと洋平に好きだって
言葉にして伝えてない。
今更、好きだって洋平に言ったところで、洋平は俺の我が侭に呆れて、許してくれないかも
しれないけど、それでもいいって思った。
ちゃんと洋平と話をして、俺の気持ちを伝えて、洋平が許してくれるまで、ずっと洋平を
待つって言おう。

そう心に決めた俺は洋平のマンションに向かって歩きながら、洋平に電話をかけた。
こんなに緊張しながら洋平に電話をかけたことはなかった。
早く出て欲しいのに出て欲しくない。
説明しようのない複雑な気持ちで震える手で携帯を耳にあてる。

しかし、そんな俺の耳に聞こえてきたのは、洋平の携帯の電源が切れてるという何の感情も
こもっていないアナウンスの声だった。





























洋平と付き合いだしてから電話が繋がらないなんて初めてだった。
さっきとは違う不安が押し寄せてくる。

もしかして…

でも…

頭に浮かびかけた不安を考えたくなくて俺は洋平のマンションに急いだ。
震える指でオートロックの暗証番号を押して、エレベーターに乗って、マンションのアの
前に立つ。

洋平のマンションに灯りはついていなかった。
でも、きっと、きっと中にいる。
そう自分に言いきかせて、インターホンを押す。
インターホンに反応はない。

きっと中にいるんだ。

もう一度、押す。

中にいて。

それでも反応はない。

お願い…

祈るような気持ちで三度目のインターホンを押す。
でも、ドアの向こうからの反応はなくて。

俺は鳴らない携帯を握り締めたまま、灯りのついてないマンションのドアの前で呆然と
立ち尽した。






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