… call you … 3






「信じらんない!なんで、学校に来るんだよ!それに、ここ学校!」

江上を置いたまま、駐車場に駆け下りた俺はのんびりと運転席のドアに凭れ、タバコを
吸ってる洋平を怒鳴った。

「石田先生が言ってたんだろ?たまには顔、見せろって。だから、
 顔見せに来たんだよ。それに、これもある」

飄々とした態度の洋平は俺の目の前に左手に持ってる携帯灰皿を差し出す。

「それに今時の高校生はタバコくらい吸うだろ?」


それはそうかもしれないけど…


「みんな、洋平みたいじゃないんだから!」

洋平がいつからタバコを吸いだしたのかなんて、俺は知らない。
だけど、やっぱり、こんな所で堂々と吸うのはどうかと思う。
そう思って、洋平を睨み付けた俺は、さっきまでのんびりとしていた洋平の表情が
真剣なものに変わったのを見た。

「…どうして、電話に出ないんだ?」

「………」

久し振りの真剣な顔付きの洋平にすぐには答えられなかった。
あの、ケンカをした夜から、俺は洋平が電話をかけてきそうな時間に携帯の電源を
切っていた。

「何に怒ってる?ん?千裕…」


なんで、分かんないの?

洋平が…

洋平が悪いんじゃないか。


「話してくれなきゃ分からない」


なんで、分かんないんだよ。


「ずっと、お前に電話に出て貰えなくて、俺がどんな気持ちだったか
 分かるか?」


じゃあ、俺の気持ちは?

付き合ってるのにちゃんと恋人扱いして貰えない俺の気持ちは…?


「とにかく、話をしよう。帰るぞ」

黙ったままの俺の腕を洋平が掴む。
腕を掴む力はそんなに強くないのに、洋平に掴まれた所から体が鈍く痛みだした。
大人の洋平に自分の心の中を巧く説明する方法を俺は知らない。

苦しくて悔しくて悲しくて…


「………俺、行かない」

自分の心の中を言葉に出来ないもどかしさと噛み合わない心に苛立って、俺は唇を
噛み締めた。

「我が侭を言っても、今日は譲らないからな」

少し怒ってるような洋平の声に胸がズキズキ痛む。

我が侭。

洋平の言った我が侭っていう言葉に心が冷たくなっていく。

「千裕」

「……イヤ…っ」

俺の腕を掴む、俺の知らない大人の洋平から逃げたくて俺はもがく。
俺が何を言ったって、やったって、洋平には我が侭にしか思えない。
そう、子供の俺の言うことなんて。


「千裕」

「………」


嘘つき。

嘘つき。

好きだって、付き合おうって言ったくせに。

俺のこと恋人だって言ったくせに。

洋平の手から逃げたくて一生懸命もがくのに、大人の洋平の力から逃げることは
出来なくて。
最初とは比べものにならない俺の腕を掴む洋平の力に俺は洋平が怖くなって洋平を
見つめた。

「…俺を困らせないでくれ」

ジッと洋平の顔を見つめる俺の腕を掴む力とは反対に困ったような洋平の声に心が
揺れて、色んな感情が胸に渦巻いて、どうしていいか分からなくて洋平の名前を
呼びかけた時、俺の腕は突然、横から伸びてきた手によって洋平から引き離された。

「嫌がってるだろ。離してやれよ」

突然、俺の視界は広い背中で遮られた。
洋平と俺の間に俺を庇うように割り込んできたのは江上だった。

「小笠、大丈夫か?」

「…うん」

江上が振り向き、俺に聞く。
条件反射のように頷くと江上は又、洋平の方に顔を向けた。

「コイツ、嫌がってるだろ。なんか、あんた、小笠の知り合いみたいだけど、
 今日は帰れよ」

低い声で鋭く言う江上の背中に遮られて俺からは洋平の顔が見えない。
でも、江上の背中から顔を出してもう一度、洋平の顔を直視することも怖くて、俺は
江上の後ろに隠れたままだった。

「これは千裕と俺の問題だ。君には関係ない」

江上の後ろで聞く洋平の声はひどく冷たかった。
洋平がこんなに冷たい声を出せるなんて、俺は初めて知った。

「俺はコイツの友達だから、関係ないとは思わない。あんたがコイツと
 どんな知り合いか知らないけど、あんたこそ大人なんだから冷静に
 なればいいだろ」

江上は江上できつい言葉を洋平に投げてる。
本当は自分で解決しなきゃいけないことかもしれないけど、この時だけは俺は江上の
優しさに縋り付いた。

「千裕、来い。俺達のことなんだから、二人で話をしよう」

江上では話にならないと思ったのか洋平は江上の後ろにいる俺を呼ぶ。
江上に話しかけた時とは違う少し温かみのある洋平の声に少し安心したけど、洋平に
従う気にはなれなかった。

「千裕…こっちにおいで」

さっきとは変わって洋平の声に疲れの匂いが滲む。

「小笠、どうするんだ。はっきり、言ってやれよ」

俺を呼ぶ洋平の声と俺に答えを迫る江上の言葉。

「…俺……」

どっちにも答えられなくて、俺は黙りこむ。
どれくらい、黙っていたかは分からない。
江上の後ろに隠れて黙りこんだままの俺に洋平の深い溜め息の声が聞こえてきた。

「…分かった。好きにすればいい」

諦めと呆れが混じった声に聞こえた。

見捨てられた。

そう思った。
そう思ったとたん、洋平の顔を見るのが怖くて、俺の足は竦んだ。
さっきまでは意地を張って自分の意思で動かなかったのに、今は洋平に嫌われたかもしれないと
いう恐怖から俺は動けなくなっていた。
早くにも頭に後悔の文字が浮かんで、途方にくれかけた俺に車のドアを荒々しく閉める音が
聞こえる。

冷たい声。

深い溜め息。

諦めと呆れの混じった声。

そして、荒々しく閉められた車のドア。

ただ、側にいて欲しかった。
ずっと、俺を見ていて欲しかった。


『千裕』


優しく俺の名前を呼んで 大きな手で頭を撫でて

そして

そして…

どこからおかしくなったんだろう。
どこまでの我が侭は許してもらえて、許してもらえないんだろう。
考えても考えても分からない。


『好きにすればいい』


洋平にあんな突き放されたような言い方をされたのは初めてだった。
どんなに我が侭を言っても困った振りをしながら、洋平は最後には聞いてくれた。


『まったく、お前には敵わないな』


そう言って、最後には笑って…

車のエンジンの音が完全に聞こえなくなっても俺はその場から動けなくて。
何かに縋りたくなった俺は目の前にある江上のブレザーの袖を掴んでいた。






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