… call you … 2







『風邪だな。でも、インフルエンザの心配は無いから点滴を打って
 温かくして、ゆっくり眠れば良くなるぞ』


土曜日の朝、子供の時から通ってる病院で俺は風邪だと診断された。
一人で大丈夫だって言ったのに洋平は家から診察室まで俺を抱き運んだ。


『相変わらず、洋平は千裕ちゃんにべったりだな』


診察室まで入って来た洋平に先生はそう言って笑った。
俺が点滴が苦手なことを知ってる洋平は、点滴が終わるまでもずっと俺の側に居てくれた。

点滴を打ったから体は少し楽になったけど、心は楽にならない。
一人、熱にうなされながら俺は自分がどれだけ子供だったか知った。

俺の知らない洋平がそこにはいた。
昨日見た洋平は俺が知らない顔をしていた。
俺の知らないところで洋平はあんな顔を俺の知らない人達に見せてる。
そんなことを考えただけで吐き気がした。


























「……洋ちゃん…」

熱にうなされながら布団から手を出し、洋平の名前を呼ぶ。

「…千裕、ここにいるからな。ずっと、いるから。すぐに楽になるから」

優しい言葉の後に俺の手はしっかりと握られる。

離さない。

ありったけの力で俺は洋平の手を握り返す。

この手は離さない。
何があっても絶対、離さない。

昨日、洋平は俺の所に来てくれた。
それは小さくて微かだけど。
何よりも確実な実感だ。
どんなに綺麗な人だろうと洋平は渡さない。

絶対に渡さない。

この手は俺だけのモノだから。


「……洋平…」

熱で朦朧としながら俺は初めて洋平を“洋ちゃん”じゃなくて“洋平”と呼んだ。
それは少しでも俺を弟じゃなくて一人の人間として、ううん、そういう対象として
見て欲しいという俺の決意表明だった。


あの決意表明から2年。

俺は第一志望の洋平の卒業校、青陵高校に通っている。
洋平の勉強した教室で勉強し、洋平の走ったグランドで走り、洋平が食事をした学食で
時々、お昼を食べている。
さすがに当時の洋平を知る先生は一人しかいなかったけど、高校時代の俺の知らない洋平の
話も聞いた。


『あぁ、相川か、懐かしいなぁ。とにかく、不思議な奴だったなぁ、男からも
 女からも好かれてて、何かとクラスのまとめ役みたいになってたなぁ』


成績はいいのにガリ勉じゃない。
クラブは帰宅部。
青陵には俺の知らない洋平がいた。


『サラッとした顔で何でも器用にこなしててなぁ。真面目な訳でもないのに
 先生らの受けも良かった』


それは俺の知ってる洋平。
洋平は努力してるところを人に知られるのが嫌いだから。

俺の知らない洋平と俺の知ってる洋平。
でも、どっちも俺には大切な洋平。


『そう言えば、小笠は相川のお隣さんだったな。それなら、相川に会ったら
 一回顔見せろって言っといてくれ』


ニカっと笑う先生に俺も笑う。
俺の知らない洋平を知ることはまるで隠された宝物を見付けたようで、俺は幸せだった。












ずっと洋平を想い続けて、その想いが叶って、洋平と公園でキスをしてから半年が経って。

そして…

目下、ケンカ中。

ケンカの原因はいつも詰らないことだけど。
今回はちょっと違う。
公園で洋平に告白されてから5ヶ月後、つまり、先月、洋平は一人暮らしを始めた。
これからは誰の目も気にしないでゆっくり二人で過ごせる。
そう思って俺は嬉しかったのに。
洋平だって、そのつもりで一人暮らしを始めたと思ってたのに。

部屋には入れてくれるのに泊まらせてはくれない。
それどころか俺は合いカギすら貰ってない。
今日は貰えるかもしれないと思い続けて、ひと月。
とうとう、俺はキレた。


『なんで、泊まっちゃダメなの!』


『ダメなものはダメだ』


『じゃあ、カギちょうだい!』


『カギもダメだ』


『なんでっ?』


『とにかく、ダメだ』


そんなやり取りが小1時間。
怒って口をきかなくなった俺に洋平も黙り込んで。
結局、お互い黙り込んだまま、車は無情にも家の近所の公園に着いた。


『…又、電話するから』


洋平の声は怒ってるというよりも呆れてるといった感じだった。


『………』


俺は答えなかった。


『千裕…』


前を向いたままの俺の様子を窺うように洋平が俺の顔を覗き込んでくる。
それでも、俺は答えなかった。

俺は怒ってる。
怒ってるのに。
洋平はそのまま顔を近付けて来て…

キスをしてきた。

そして、それは最近、少しだけ慣れてきた大人のキスだった。
優しく唇を啄ばまれたかと思うと深く唇を重ねてくる。

一生懸命逃げてもすぐに捕まって
その内、訳が分からなくなって

気が付けば洋平の思い通りになってる。

いつもより長めの優しいキス。
まるで怒ってる俺を宥めるような優しいキス。

そのキスが優しかったからこそ、俺は悔しかった。
俺が子供だから。俺を子供だと思ってるから、洋平はキスで誤魔化そうとしてる。

その時の俺にはそうとしか思えなかった。










































いつもと何も変わらない金曜日の放課後、ホームルームが終わった教室の自分の机で俺は
帰り支度をしていた。
そんな俺の耳にクラスの女の子達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
それほど気になった訳じゃないけど、俺は何気にその女の子達の声のする方に顔を向けた。
はしゃいでるのは、4人でその4人ともが教室の窓から外を眺めてる。

「なんだ?」

「なんだろう?」

一緒にマックに寄って帰ろうと約束した江上と二人で顔を見合わす。
俺達の教室の窓から見えるのは先生達の車が停めてある所くらいで、どうして、女の子達が
そんな所を見てはしゃいでいるのか俺には分からなかった。

「なんだか分からないけど帰るか」

同級生の女の子の煩いところが嫌いだ、と公言している江上ははしゃいでる女の子達に
呆れた風な視線を送るとイスから立ち上がった。
江上に続いて、俺も立ち上がり、教室のドアに歩き出そうとした。
その時だった。

「すごいね。真っ赤なBM…」


真っ赤なBMW…

窓から外を見ていた女の子の言葉に俺は立ち止まった。
嫌な予感がした。
真っ赤なBMW。

まさか…

まさかね
そんなことないと思いながらも俺の足は窓に向かっていた。


「小笠?」

急に踵を返した俺を江上が呼ぶ。

「ごめん、江上、ちょっと待って…」

振り返って江上に声をかけてから窓に近付き、窓から下を見る。

ウソ

なんで…?

俺が見下ろした先には先生達の車に混じって、見慣れた真っ赤なBMWがあった。

信じられない。
なんで、学校に?!

信じられない思いで車を凝視する。
でも、やっぱり俺の目に映ったのは見慣れた真っ赤なBMWと運転席の扉に
もたれている洋平の姿だった。






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