… アマイドク … 3






「…鹿島…」

背後から聞こえる不安げな声を無視しベッドへと進む。
ベッドの横に立ち止まって観月の手を離し振り返る。
その時になって初めて俺は観月の顔をちゃんと見た。

不安そうな瞳。
結ばれた唇。

この瞳に映っていいのもこの唇に触れていいのも俺だけなのに…


―あんたもその可愛い顔に騙されてんじゃねーの―


騙されてなんていない。

観月は、観月の心も身体も全て俺だけに向けられてる。

何も知らないくせに。

観月の何一つ分かっていないくせに。

あんな奴が俺の観月に触れた。

俺の観月に…!

そんな憤った感情に任せて俺は観月をベッドに押し倒していた。
抵抗しない観月に覆い被さり観月の唇をキスで塞ぐ。
乱暴に自分の舌を観月の舌に絡める。
こんな乱暴で自分勝手なキスをしたのは初めてだった。

「……っ…!」

苦しそうな観月の声にならない声が聞こえても俺はキスを止めなかった。
逃げようとする観月の舌を執拗に追いかけ絡め取る。
手はすでに観月のシャツの下に入り、乱暴にシャツをたくし上げている。
露になった観月の肌に唇で触れようと唇を離した時、その声は聞こえた。

「…こんなの…いや…だ…」


声が震えていた。

泣きそうな声だった。

観月に怒ってる訳じゃない。


なのに…

どうして…


男のふざけた笑顔が頭に浮かぶ。

あんな奴に。


「…あんな奴が俺よりかっこいい奴なのか…」

それは自分でも驚くくらい乾いた声だった。
責めてるつもりは無かった。
なのに俺の言葉を自分を責めてる言葉ととったのか観月は悲しそうな顔をした後、瞳を
閉じた。

「……違う…鹿島よりかっこいい人なんていない…」


閉じた瞳の目尻から一滴の涙が溢れ落ちる。

その一滴の透明な雫は観月の誕生石のダイヤモンドに似て綺麗で汚れが無くて。
その汚れのない美しさに俺の心は余計、締め付けられていく。

どんな罰よりも観月の流す一雫の涙の方が俺には重いように感じられた。


「お前は俺のものなのに…」

気が付いた時には俺は観月に抱き付いていた。
観月の首元に顔を埋める。

「…俺の観月にっ、俺だけの観月に!アイツっ」

一度、溢れ出した感情は止められなくなっていた。

「俺の観月に…っ!」


それは初めて味わった感情だった。


嫉妬という感情。


こんなに感情的になったのは初めてだった。
そして、他人にここまで自分の感情をさらけ出したのも初めてだった。

「…鹿島…?」

いつもと様子の違う俺に観月がおずおずと俺を呼ぶ。

「…お前が俺以外の男に触られてるのを見た時、心臓が凍るかと思った…」


相手を殺してやりたいと思った。
自分にこんな感情があると思わなかった。
俺は観月を抱き締める腕に力を入れた。


「……ごめん…俺、俺…」

既に観月の声は涙声になっている。
観月を泣かせたくなくて俺は観月の身体をそっと離すとベッドに手をつき観月の額に
キスをしようと身体を起こした。

「観月、お前に怒ってる訳じゃない。だから…」

優しく言い、観月の額にかかった髪を掻き上げる。
俺の行動に観月はベッドに投げ出してあった自分の両腕で涙が溢れている瞳を隠してしまった。

「…違う…俺…」

「…観月?」

「…俺、鹿島に飽きられたって思って」

俺に飽きられたという観月の言葉の真意が解らなくて戸惑う俺をよそに観月はぽつりぽつりと
今までのことを話し始めた。

お互いに大学も決まって何の心配もない春休みを観月は俺とずっと会えると思って楽しみに
していた。
しかし、いざ春休みに入ると俺となかなか連絡が取れない。
取れたとしてもほんの数分で俺が電話を切ってしまう。
その上、俺と会うどころか俺は春休みに入ってすぐに叔父の手伝いとかで奄美大島に行って
しまった。

独り、東京で俺と会えない日を過ごすうちに観月は不安になった。
俺が自分に飽きたのではないかと。

しかし、それを俺に確かめることも怖くて出来ない。
だから、観月は自分の誕生日の俺との待ち合わせに賭けた。

もし、この待ち合わせに俺が来なかったら振られる前に自分から去ろうと。

そして、その大切な待ち合わせに俺は二時間も遅れた。

独りで俺を待っていた観月は絶望的になって俺からの電話にあんな態度をとってしまった。

そして、あのクラブ前での一件になる。

他人から見ればなんてことのない些細な行き違い。

俺が奄美大島に行ったのは観月の誕生日プレゼントを買う為だ。
叔父はネイチャーフォトグラファーで恋人の誕生日が近いと言った俺にそれなら、俺のところで
バイトをしないかと持ち掛けてきた。

まさか、奄美大島に連れて行かれるとは思わなかったが。

朝から夜まで撮影に付き合い、宿に戻り風呂に入って食事をして次の日の準備をし、叔父と
飲みながら写真のことや日常のことを語り合う。

そんな日常だった。
勿論、観月のことを忘れてた訳じゃない。
いや、むしろ何時だって俺の頭の中を占めていたのは観月のことだった。

電話をすぐに切ったのは長く観月の声を聴いているとすぐにでも観月のいる東京に戻りたく
なるからだった。

そのことが観月を不安にさせていたなんて。
俺には考えも付かなかった。






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