… 全ては貴方で満たされる … 2






「直?」

恭介に抱きついている俺を恭介の優しい声が包む。

「どうした?うん?」

シャツ越しに感じる体温に心が温かくなっていく。
早く、着替えないと風邪をひくかもしれないって頭では思うのに。
俺は恭介から離れたくなかった。

「…やっと、二人でゆっくり過ごせるな」

恭介の身体に回した俺の手を恭介の大きな手が包む。
ゆっくりと優しく手を撫でられて俺は更にぎゅっと恭介に抱きついた。

「ここしばらく忙しかったからな。その埋め合わせじゃないけど八月の盆休みに
 入ったら二人で何処かに行こうか」

俺の手に恭介は自分の手を重ねたままでそう言った。

恭介と夏休みに何処に行ける。

恭介の提案に俺は嬉しくなって慌てて腕を離した。

「本当?!」

飛び付きそう勢いの俺に恭介は振り向くと笑った。

「あぁ、お前の行きたい所に行こう。何処がいい?」

すごく優しい笑顔の恭介に頭をくしゃと撫でられて行きたい所を聞かれる。
でも、突然の嬉しいハプニングに俺はすぐには行きたい所が頭に浮かばなかった。

それに夏休みに旅行に行けることが嬉しいんじゃなくて恭介と一緒に旅行に行けることが
嬉しいんだから俺は恭介と一緒なら何処でもいい。
だから、俺はキッチンテーブルに凭れてる恭介を見上げた。

「俺、恭介と一緒なら何処でもいい。休みの間、ずっとマンションに居てもいいよ」

本当にそう思ってる。
恭介と一緒なら夏休みの間中、ずっとマンションに居てもいい。

恭介のシャツを軽く掴んで恭介を見上げながら答えた俺の頬に恭介の手が置かれる。
恭介はスッと目を細めた。

「…少し目を離しただけなのに、大人になって。何処でそんな口説き文句を覚えて
 くるんだ?」

口説き文句って。
俺は思ったことを言っただけなのに。
そう思って恭介を見詰めていると額にキスをされてそっと抱き締められた。
久し振りの恭介の香水の香りが俺を包んで優しい腕が俺を恭介の胸に閉じ込める。

「お腹は空いてないか?」

さっきまで休みの話をしてたのに。
何でそんなことを聞かれるのか俺には分からなかった。

「…ううん。まだ大丈夫だけど、何で?」

だって、時間はまだ三時でお腹の空く時間じゃない。
不思議に思いながらも恭介の肩に頭を預けたまま答えた俺の耳元に恭介の顔が近付く
気配がする。

「お腹が大丈夫なら旅行の行き先は又、ゆっくり考えるとして、取敢えず今日は
 ベッドに行こうか?」

耳元で囁かれた言葉に心臓が速くなっていく。
これがHの誘いだってことぐらい鈍い俺でも分かる。
それに今日、Hするかもしれないって俺も考えてたけど…
時間はまだ三時で、こんな時間からHするなんて何か悪いことをするみたいで少し気が
ひけた。

「…まだ、三時だよ…」

照れ臭いのと後ろめたいのとで返事はぎこちなくなった。

「俺は夕食の前に直が食べたいんだけどな」

耳元で又、そんなことを囁かれ恭介の手は明らかにHな意味を含んだ動きで俺の腰から
背中を撫でていく。

「…恭介…」

恭介の名前を呼んで顔を上げると困ったような顔で恭介が笑ってた。

何でそんな顔してるんだろう。
困ってるのは俺なのに。


「…なんで…そんな顔して……――」


なんで、そんな顔してんの?

そう言いたかったのに。
恭介に唇を塞がれて俺の質問は恭介の口の中に消えた。

いつもと違う少し強引なキス。

俺が逃げないように俺の腰を捕えてる恭介の手も強引で。
いつもと違う少し強引な恭介の態度とキスに煽られていく。

恭介の手の中に簡単に堕ちていく。

ずるい。

こんなに求められてることを恭介の全身で伝えられたら逆らえない。

「…んっ…」

何度も角度を変えて俺を貪るキスに洩らした声は全てを受け入れた響きしか含んで
いなかった。

軽い音をたてて離れた恭介の唇をまんまと恭介の手の中に堕ちた俺は見詰めた。

「……シャワー…浴びて来る…」

久し振りのスキンシップが恥ずかしくて自然と声は小さくなる。

「一緒に浴びようか?」

「だ、だめっ」

こんな明るいうちからHするってことだけでも恥ずかしくてどうしていいか分からないのに。
恭介は楽しそうな声で飛んでもないことを言った。

「どうして?」

「どうしてって……バスルーム狭いし、恥ずかしいし…だから、ダメ」

「それは残念だな」

恥ずかしくて顔を上げられない俺の耳を指で撫でながら恭介は残念って言いながらも楽しそうな
声を出してる。

よく女の子がHをしたら男は変わるって言うけど初めてのHから恭介は変わった。
俺が恋もHもビギナーなことを知っててさっきみたいなことを言ってからかってくる。
Hだっていつも訳が分からなくなるのは俺だけで恭介は余裕だ。
十三歳も年上なんだからしょうがないのかもしれないけど…

一体、何人の人と何回、恋とHをしたらああなるのか知りたい。

オヤジでタラシでキザでずるくて卑怯。

なのに…

俺が濡れないように傘を俺に傾けて自分が濡れる。

ずるいのに優しい。


「旅行で泊まる所はバスルームの広い所にしよう。バスルームが広かったら一緒に
 入ってくれるんだろう?」

俺は狭いってことと恥ずかしいってことを理由にしたのに。

いつの間にか恥ずかしいって理由は無かったことにされてて、狭いってことだけを都合よく
受け入れた恭介はそう言って俺の耳を撫でていた手を顎に移し、俺の顔をそっと持ち上げた。

きっと、真っ赤になってる俺の顔を見たいが為のその行為に俺は恭介の指に導かれるままに
顔を上げ、恭介を軽く睨んだ。

「……エロオヤジ…」

からかわれてることにムカついて呟いた俺の嫌味に恭介は苦笑した。

「そのエロオヤジからのお願いなんだが、俺の理性がある内にシャワーを浴びて
 くれないか?」

目を細め恭介がフッと笑う。

タラシに相応しいその笑顔に見惚れてしまうのがしゃくで俺は恭介の

「ベッドで待ってるよ」

と言う言葉に

「バカ」

と返し、バスルームに向かった。






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