… 全ては貴方で満たされる … 1






土曜日の夕方に恭介と一緒に恭介のマンションの近くのスーパーに買い物に出掛け、
レジで並んで待っている俺が見たのはスーパーのガラスの壁にぶつかる雨の雫石だった。

「降ってきたみたいだな」

「うん、傘持ってきて良かったね」

降るかもしれないから傘を持って行こうと言ったのは恭介で買い物をしている間、
カゴを持ってる恭介から傘を預かったのは俺。
だから、今、傘は俺が持ってる。

早く、夏になればいいのに。

強くなりだした雨を見ながら俺は溜め息をついた。

梅雨は嫌いだ。
じめじめするし、洗濯物が乾かないしって主婦みたいなことを思うのはきっと俺が
一人暮らしをしてるからだと思う。

「直、行くぞ」

レジで清算を済ませた恭介の声に従って恭介に付いて食料品を袋に詰める台に行き、
二人で食料品を袋に詰めてスーパーを出る。
雨の勢いは少しだけ弱くなっていて俺と恭介はその雨の中を二人で一つの傘をさして
歩いた。

スーパーの袋は二つあって恭介は軽い方を俺に渡して重い方を自分が持ってる。
そして、傘を持ってるのも恭介。

「重くないか?」

なんて、俺を気遣う言葉をさりげなく掛けてくる。
重い方を持ってるのは自分のくせに。

本当は付き合う前から気付いてたけど恭介と付き合いだしてから俺は実感したことが
ある。

恭介は絶対、タラシだ。

だって、すごくレディファーストだし。
俺はレディじゃないけど。

ドアを開けてくれることから始まって、車道側を歩くことや食事に行っても支払いを
してる所を見せないところ等。
挙げだしたらキリがない。
しかも、日本人には似合わないそんな行動も恭介がすると不思議なくらい似合ってる。

モデル並にかっこいい上にフェミニストなんてどうなの?って少しムカつきながら横の
恭介を見上げる。

「ん?」

俺の視線に気付き、どうした?って感じで恭介は微笑んだ。

「…何でもない…」

その笑顔に慌てて視線を外す。
見慣れた笑顔なのにドキドキしてしまうのはきっと、三週間振りに会うから。

そう、俺と恭介は今日、三週間振りに会った。
恭介の仕事が忙しかったのと俺も大学とバイトで大変だったのが原因で俺達は三週間、
すれ違いの日々を過ごした。

やっと、二人共が落ち着いたのが今日で恭介は

「どこか出掛けようか」

って言ってくれたけど俺はそれを断った。

だって、久し振りに会うんだから今日はずっと一緒に誰の目もない所でゆっくり恭介と
二人でいたい。
恭介を独り占めしたい。

だって、ご飯を食べに行っても遊びに出掛けても恭介はかっこいいからすぐ、周りに
いる女の人の注目を浴びる。
それは少し嬉しいけど悔しい。

だから、今日は恭介を恭介のマンションに閉じ込めて俺が恭介を独り占めする。
今日は恭介の笑顔も声も優しさも全部、俺だけのもの。

それに、久し振りに会うんだからHもするかもしれないし…なんて。
自分の頭の中に浮かんだHっていう単語に俺は思わずエレベーターの中で独り赤くなって
しまった。

何、考えてるんだろ、俺。
Hって。


「どうした?顔、赤いぞ。熱でも有るのか?」

独りで想像を膨らませて赤くなってる俺の顔を心配そうに恭介が覗き込んでくる。

「な、何でもないっ…!」

その恭介の視線に居た堪れなくなって俺は開いたエレベーターのドアから先に飛び出した。
恭介とのHのことを考えて赤くなってた、なんて死んでも言えない。

俺の半歩後ろを歩く恭介を意識しながら少し早足で歩く。
そして、辿り着いたドアの鍵穴に恭介から貰ったマンションの合鍵を差し込みドアを
開ける。
次に俺は両手が塞がってる恭介が入りやすいように開けたドアを支えた。

「悪いな、ありがとう」

俺にありがとうって言ってマンションに入る恭介を何気なく見ていた俺は恭介の左肩が
濡れてることに気が付いた。

なんで、左肩だけ素肌にシャツが貼り付くほど濡れてるんだろうって不思議に思い、少し
考えて俺の頭に浮かんだ答えは雨だった。

俺の右肩は濡れてない。

きっと、俺が濡れないように傘を俺の方に傾けてたんだ。
だから、俺の右肩は濡れてない。

やっぱり恭介はタラシだ。

だって言葉で大切だって伝えられるのも嬉しいけどこんなさりげない方法で大切にされてる
って実感出来ることに俺は弱くて、恭介はそんな俺のツボをつくのが上手い。

恋愛初心者の俺はこれは恭介が沢山の恋愛をしてきたから出来るようになったことなのか
それとも俺だけにしてくれることなのか分からない。
だけど、俺だからしてくれてるって信じたい。

三週間振りに感じる直接的な恭介の暖かさ。

「…恭介、肩、濡れてる…」

キッチンテーブルに荷物を置く恭介の背中を見詰める。
俺の言葉に恭介は少し振り向いた。

「これを冷蔵庫に入れたら着替えてくるよ」

いつもと何一つ変わらない優しい恭介の口調に何故か俺は久し振りに恭介と会えて嬉しい
のに切なくなってしまって恭介の背中に抱きついた。


人を好きになるのってすごく不思議なことだと思う。
だって、嬉しいのに切なくなったり、急に泣きたくなったり。
詰まらないことで落ち込んだり、喜んだり。
いろんな感情が次々と交代で現れる。

まるで、心だけが持ち主の俺を無視して勝手に暴走してるみたい。
でも、心だけが暴走している俺にも一つだけ分かることがある。
それは俺の心がこんなふうになるのは恭介に対してだけで他の誰にもこんなふうにはならない。

そう、恭介にしかこんなふうにならない。






next