… 我侭 …










ただの我侭だってことは分かってた。
拗ねてるだけだってことも。

でも。

せっかくの休日に一人ぼっちは寂しくて。
詰まらなくて、退屈で。
僕はやり場のない不機嫌を彼の部屋で、彼の大切にしてるモノ達にぶつけた。

割れたエルメスのお皿に、バカラのグラス。
彼の好きなjazzのCD。

それらは僕の手で、破壊され、粉々になった。
そして、僕も。

僕の手には割れたグラスで出来た、切り傷。
流れる血をそのまま側にあったタオルで拭い、粉々になったモノ達の隣で丸く、
猫のように横たわる。

ごめんね。

お前たちは何も悪くないのに。

ごめんね。

粉々のお皿とグラスを見つめ呟くと自分が壊したモノ達に申し訳なくて、僕は泣いた。

泣いて、泣いて。

僕はいつの間にか泣き疲れ、眠りに落ちた。


















……京(きょう)


夢の中で彼に彼の声で名前を呼ばれ、目を覚ます。

「…京」

開いた目にはしゃがみこんで僕を見つめる、スーツ姿の彼がいた。


“おかえりなさい”


本当は笑って、そう言いたかった。
でも、割れた物達に囲まれてる現実に僕は言葉を飲んで、じっと彼を見た。
黙って、彼を見ている僕を彼は黙って、腕を掴んで、引き上げた。

「怪我してるじゃないか」

呆れてるとも怒ってるとも困ってるとも違う、心配げな声。

「……明利(あきとし)さん…?」

「ご飯の前に手当てが先だな…」

明利さんは僕を抱き起こすとそう言った。

「…怒らないの…?」


どうして、怒らないの?
僕は自分の我侭からあなたの大切な物を壊したのに。


「どうして怒るんだ?物が壊れたくらいで京の機嫌が直るなら、いくらでも壊していい」

「…どうして…?」


どうして、そんなに僕に優しいの?

僕はこんなに我侭で、自分勝手なのに。
あなたの大切な物を粉々にしたのに。

明利さんの言葉に僕は、自分がしたことが情けなくて、明利さんの胸で泣いた。




















温かなシャワーと温かなスープ。
そして、痛んだ心と腕に絆創膏。

僕の腕の手当てをしてくれた後、明利さんはじゃがいもとにんじんとトマトの入った
スープを僕に作ってくれた。
喉が枯れるまで泣いた後のスープは僕のお腹と心を満たした。

「泣き疲れただろう?」

そう言って明利さんは僕を寝室のベッドに下ろす。
柔らかいベッドの上は優しくて。
その優しさに安心しながらも僕は心もとなくなった。

どうして、こんなに優しいの?

僕はあなたに何もあげれないのに。


「…僕のこと、嫌いになったでしょ?」

本当は嫌いになんてなって欲しくない。
でも、僕は探る。
どこまで、明利さんは僕を受け入れてくれるのか。

悲しい癖。
嫌な癖。
探って、探って、確かめて。
擦り切れるまで、確かめて。


「京を嫌いになんて、なってないよ。京こそ、嘘つきの俺を嫌いになったんじゃないのか?」

探る僕に明利さんは優しく微笑む。
そして、僕は頭を振る。
嫌いになんてならない。
だって、明利さんは僕の唯一の逃げ場所だから。

「…どうして、怒らないの?」

呆れられるかもしれないと思いながらも僕は繰り返す。

「だって、今日、会う約束をしたのは俺だろう?」

「…でも」


仕事だったんでしょ?


「京は俺に怒って欲しい?」

少しも怒ってない顔つきで明利さんが僕に聞く。

抱き締められてないと不安。
優しくされてないと不安。
僕だけを見てくれてないと不安。

でも…

怒られないのも不安。

不安なくせに僕は爆発する。
不安だらけで出来てる僕は爆発する。
明利さんの言葉に僕は頷く。
その僕に明利さんは軽く笑うとキスをくれた。























ゆっくりと押し倒されたベッドで僕は啼いた。
散々、焦らされて。
どんなにお願いしても欲しい物はもらえなくて。

「怒る代わりにたっぷりとお仕置きをしよう」

明利さんはそう言って、口元だけで笑った。

明利さん。

明利さん。

何度も何度も明利さんの名前を呼んで。
欲しいとねだって。
欲しいものが何か、分かっていないのに。


「…許して…っ」

何を許して欲しいのかも分からないのに。

壊した明利さんの大切なもの?
それとも、我侭に全てを探る癖?
それとも、こんな僕が明利さんの側にいること?
こんな僕が明利さんを好きだっていうこと?

何を許して欲しいのか。
何も分からない。
分からないのに僕は許してと泣く。

そんな僕に明利さんは溜息をついた。

「許さないよ」

涙で霞んだ向こうには切なそうに僕を見つめる明利さんの綺麗な顔があった。

「例え、京でも許さない」


ああ、やっぱり僕は許されない。
こんな僕は許されない。

もっと、もっと好きになって嫌われるくらいなら、今、嫌われる方がいい。
不思議な安堵感で心の中で胸を撫で下ろした僕の体に明利さんが入ってくる。

「あ…っ…んっ」

「例え、京でも俺の大切な京の体を傷付けることは許さない」

ゆったりと確実に明利さんは僕を埋めていく。

「あきと…しっ…さん…っ」

「京、京の体は、いや、京はもう、自分だけのものじゃないんだよ。わかった?」

欲しいもの。
それは、探る必要のない関係。
疑いのない。
愛されてるという実感。

「俺の為に自分を大切にしてくれ」

どんどん溢れてくる涙を僕は止められなかった。
止めたくなかった。

どんどん、溢れて。
流れて。
全て、綺麗に空になって。
そして、僕は明利さんの優しさで僕を一杯にしよう。

大きな明利さんの体にしがみつきながら、僕はそう思った。






■おわり■




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