… 
tonight 










事務所で独り、パソコンに向かっていた僕の耳に聞こえてきたのは窓ガラスを
叩く雨の音だった。
そういえばさっきから曇ってた。
でもこんな急に降り出すなんて…

「武史さん、大丈夫かな…」

ホワイトボードに書かれている予定では、もうそろそろ武史さんが帰ってくる時間
なんだよね。
そう思い、雨の様子を見ようと椅子から立ち上がった僕の耳に勢い良く開く事務所の
ドアの音が聞こえた。

「戻りました」

続いて聞こえてきた武史さんの声に僕は急いでドアに向かった。
そして、そこにずぶ濡れの武史さんの姿を見つけた。

「武史さん、大丈夫?」

「事務所の近くで降られちゃって。真、悪いけどタオル持って来てくれる?」

「うん」

武史さんの言葉に僕は急いで給湯室からタオルをとって来て、ずぶ濡れの武史さんに
渡した。

「ありがとう」

お礼を言いながらタオルを受け取る武史さんの姿を改めてじっと見て僕は驚いてしまった。

「すごい、武史さんシャツまで濡れてる。走らなかったの?」

本当に武史さんの濡れ具合は凄くてジャケットの下のワイシャツにまで雨が染み込んでる。
駅から事務所は、そんなに離れていないから走ればそんなに濡れる筈はないのに。
不思議に思って見つめる僕の視線に気付いたのか武史さんは苦笑いを浮かべると
左手に持っている白い箱を僕の目の前に掲げて見せた。
見覚えのあるその白い箱には“KAEDE”という金文字が綺麗に書かれてある。

「はい、おみやげ。真、ここのモンブラン好きだろ?」

笑顔で箱を僕に渡してくる武史さんから僕は箱を受け取った。
そう、僕はこのKAEDEという駅前にあるケーキ屋さんのモンブランが大好きだった。

「…もしかして、これの為に走れなかったの?」

「だって崩れたケーキなんて嫌だし」

箱を僕に渡した後、タオルで濡れた髪を拭きながらばつが悪そうに言う武史さんに僕は
吹き出してしまっていた。

「…おかしいかな?」

「ごめんなさい、だって」

だって、どこかのファッション雑誌のモデルじゃないかと思うぐらいかっこいい武史さんが
ケーキが崩れることを心配して雨のなか、濡れながら歩いてるなんて変。

武史さんと付き合いだして三ケ月、ようやく武史さんの横に居ることに慣れ、いろんな
武史さんが見えてきた。
それまでずっと大人だと思っていた武史さんの子供っぽい所や結構天然な所。
でも、完璧な武史さんよりそんな所がある武史さんの方が僕は好きだ。
だって何の取り柄も無い僕でも武史さんの側にいていいんだって思えるから。

「真、ウケすぎ」

まだクスクス笑う僕の額を武史さんの指が軽く小突く。

「俺、更衣室で着替えるから悪いけどケーキ冷蔵庫に入れといてくれる?」

「はい」

僕はそう答えるとさっき手渡されたケーキの箱を冷蔵庫に入れる為に給湯室に向かった。



























冷蔵庫にケーキを入れ、給湯室からもう一枚タオルを持ってきた僕は更衣室の中にいる
武史さんにそれを渡そうと少し開いているドアを武史さんに声をかけながら開けた。

「武史さん、タオル、もう一枚持ってき…」

更衣室に一歩踏み込んだ僕の目に飛込んできたのは上半身裸でタオルを首に掛けている
武史さんの姿でその姿に僕は言葉を飲み込んでしまった。

「ご、ごめんなさいっ」

どうしようっ。
慌てて身体の向きを変える。
付き合って三ケ月、武史さんのマンションには時々、泊まってるけどいまだに僕は武史さんの
裸に慣れない。
大体、武史さんってスタイル良すぎるよ。
あんな姿見たら愛されてる時のこと思い出しちゃう。
武史さんに背中を向けたまま速くなりだした心臓にどうして良いか分からなくなっていた僕は
武史さんがすぐ後ろに来てることに気付けなかった。

「タオル、新しいの持って来てくれたんだよね?」

突然のすぐ後ろからの声にビクッと身体が反応する。

「は、はいっ」

あまりの近さに振り向きもしないでタオルを渡そうとする僕の手を武史さんの手が包んだ。

「事務所、真ひとり?」

「うん…」

どうして、そんなこと聞くのって言おうとした途端、僕は後ろから武史さんに抱き締められた。
シャツを通して武史さんの体温が伝わってくる。
どうしよう…。
耳に武史さんの唇が近づく気配がする。

「じゃあ、真におかえりなさいのキスして貰おうかな」

耳元で囁かれて僕の心臓は又、速くなりだした。

「だ、だめっ」

急に誰か帰って来るかもしれないのにそんなこと出来ないよ。

「真の為にモンブラン死守してきたのになぁ」

ずるい…
そんなこと言うなんて。

僕が困ってるのに武史さんの腕の力は全然、弱くならない。

「どうしてもダメ?」

武史さんの口調が少しふざけてたようなものから強請るようなものに変わる。
本当にずるいよ…
僕は武史さんのこの強請るような声にイヤって言えない。
だって、その声はすごく甘くて本当に僕に甘えてくれてるんだって僕だけに甘えてくれてるんだって
思えるから。

「…少しだけ…だよ」

言い終わった途端、顔を武史さんの指で上に向けられ、あっと思う間もなく武史さんの唇が
僕の唇を塞いだ。
少しだけって言ったのに…
身体の向きを変えられ、抱き締められて武史さんの身体に密着した状態で武史さんの舌が
僕の口の中に入って来て僕の舌を愛撫してる。
頭の中では誰か帰って来たらどうしようって思ってるのに体がいうことを聞いてくれない。
どんどん、体が熱くなっていく。
どうしよう…
会社なのに…

「…ふ…んっ」

鼻から抜けるキスの先を強請るような声まで出ちゃってもうどうしていいかわかんないよ。
だめ…
これ以上続けたら…
もう限界って思いかけた時やっと武史さんの唇が僕の唇から離れた。
やっと許して貰えたって安心したのに…
武史さんの唇が今度は僕の耳朶に降りてくる。

「…真…」

耳朶を甘噛みされながら体が蕩けそうな甘い声で名前を呼ばれる。
僕はこれだけでおかしくなりそうになる。
だって、武史さんのその声は明らかに欲望を含んでいて僕が欲しいって僕に伝えてる。
でも…
流されそうになりながらも僕の最後の理性がそれを止めた。

「…だ、だ…め。誰か…帰って…」

そう、誰か帰って来たらどうして良いか分からない。
思わず泣きそうな声を出してしまった僕を武史さんは耳朶から唇を離すと額に口付けた後、
優しく抱き締めてくれた。

「ごめん、大人げ無かったね。あんまり真が可愛かったから我慢出来なくなっちゃって」

何度も何度も優しく頭を撫でてくれる。
こういう時、僕はいつも感じる。本当に武史さんに大切にされてるんだって。
もう僕は武史さんじゃなきゃ駄目だって。
本当はずっとこうしていたいけど事務所に戻らなきゃ。

「…僕、戻らなきゃ」

武史さんの腕の中で呟いた僕の言葉に武史さんはゆっくり体を離すと微笑んだ。

「俺が戻るから真は落ち着いてから出ておいで」

落ち着いてからっていう武史さんの言葉の意味が分かって僕の体温は上昇した。

「で、でもっ」

確かにこんな状態じゃ出れないけど…
僕が動揺してる間に武史さんはもうシャツを着てる。

「そんな可愛い顔した真を誰にも見せたくないからね。俺の我が侭きいて。ね?」

そんな笑顔されたら僕、益々出られなくなっちゃうんだけど…
そう思いながらも僕は武史さんの言葉に甘えることにした。

「…うん、ありがとう」

お礼を言った僕の額に又、武史さんのキスが降りてくる。
僕を軽く抱き締めた後、武史さんはにこっと笑って僕の耳にそっと囁いた。

「続きは今晩ね」

その言葉に又、僕は赤くなった。






■おわり■




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