… 好きだけじゃ駄目なんだ …










何気なく立ち寄ったCDショップで無意識に俺の足はクラシックコーナーに向かう。
沢山のCDが並ぶなか目は自然にラフマニノフを探り当てる。
プレーヤーはヘルフゴッド。


「クラッシックなんて退屈そう」

「そうだな。まだ章には早いかな」


いつも子供扱いされていた。
それが嫌で一生懸命背伸びして疲れ果て別れを選んだのは俺。
不安でどうしようもなかった。


「…元気で」


最後の時ですら宏之は優しかった。


そんな宏之と俺は昨日、三年ぶりに再会した。


「元気だったか?」


あの頃と変わらない優しい笑顔、仕草、話方。
ただ一つ違うのは左手の薬指に光る指輪。


「…去年、結婚したんだ」


照れ臭そうな困ったような笑顔。


「おめでとう」


俺は上手く笑えてだろうか…


「…章はどうだったか分からないけど俺は幸せだったよ。章を好きになって良かった」


相変わらず正直なんだね。
言葉が全て過去形だよ、宏之。



宏之と別れてから俺は少し大人になった。
あの頃、分からなかったクラシックも今なら良いと思える。

何も買わずCDショップを出、車に戻る。
エンジンをかけた俺の耳に聞こえてきたのはラジオから流れる懐かしい歌だった。


 …私が不安に負けたって…


まるで俺の事を歌っているような歌詞に突然、目の前の視界が霞んだ。


 …好きだけじゃ駄目なんだ…


ズルイよ…


「ありがとうってずっと章に言いたかった。幸せに…」


ズルイよ。

最後にそんな台詞。

俺は…


宏之と別れて泣いた事なんて一度も無かった。
ずっと、自分の心に蓋をして知らない振りをしてた。
だいの男が独り、車の中で泣いていても誰も見ない。
人々の無関心に感謝しながら俺は車の中で三年分泣いた。






■おわり■




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