… snow …







ヤクザだとか、人殺しだとか、もう、俺には関係なかった。

ただ、ただ、俺を抱き締める広い胸と力強い腕。
そして、俺の足首で光る俺が伊原さんの“モノ”だという証の鎖。

それだけあれば、俺は幸せだ。



















シャワーを浴びて、何気なく目を向けた窓の外には白い結晶が舞い降りていた。

「雪…」

窓ガラスに手を当て、外を覗き込む。
久し振りに見る雪に俺は思わず呟いていた。

「珍しいな」

低い、少し掠れ気味の伊原さんの声が近付く。

「本当、珍しい」

軽く体を捻ると、伊原さんの匂いがした。

「…好きか?」

「え…?」

背中に感じる体温に顔を上げる。
見上げた先には俺と同じように、窓の外を見つめている伊原さんの顔があった。

「雪は好きか?」


あぁ、雪のことか。
と、思った。

「はい」

俺の返事に伊原さんがシニカルな笑顔を浮かべる。

「雪と同じだな」

窓の外に向けられていた笑顔が俺に向けられる。

「お前の肌は雪と同じくらい、白い」

男として、今まで他の人に言われても何にも感じなかったことは伊原さんが口にすることによって、
褒め言葉になった。

「雪はいい。汚いモノの上に降り積もって全てを覆い隠す」

伊原さんが独り言のように呟く。

「お前の肌も…」

バスローブの胸元の開いた隙間から伊原さんの手が忍び込み、俺の肌をゆっくりとまさぐり始める。

「……っ」

三日と空けず、愛されている体は、それを快感と記憶していて簡単に翻弄されていく。
翻弄されるままに窓に背中を預けて、そっと伊原さんを見上げる。
伊原さんの目は微かな欲望を浮かべ、伊原さんの手は俺の肩から、バスローブを落とし、
暖かいマンションの中、俺の肌は伊原さんの前に露になった。

「ガキの頃、雪が積もると、その上を一番に歩いた。真っ白で綺麗な場所が
 自分の足跡で壊れていくのが、楽しかった」

そんな子供の頃の話をしながらも伊原さんの手は休むことなく、俺をまさぐる。

「…ぁ…ん」

「綺麗なモノを見ると壊したくなる。ガキの頃からの悪い癖だな」


俺は伊原さんに壊されるのだろうか?

でも、俺は綺麗じゃない。

綺麗じゃ…

熱を持ち始めた俺自身に膝を折った伊原さんの唇が近付く。

「…ん…っ」

俺自身を包む、温かくて柔らかい感触に俺は嬌声を洩らす。

「は…ぁ…ん」

追い立てる伊原さんの舌に俺は全てを投げ出し、伊原さんのワイシャツを掴む。

「…政貴…さん」

俺だけに許された呼び名は快感を加速させる魔法の呪文だ。

「政貴…さ…っ…」

目の端にはヒラヒラと降る雪が見える。
少しずつ上昇する体温に脳さえも逆らえない。

壊れてもいい。
ううん。
壊されたい。
伊原さんに。

俺は綺麗じゃないけれど…

「だめ…もう…っ…お願い…っ」

全てを解き放ちそうな自分を最後の理性が踏み留める。

「お願い…っ」

泣き声に近い俺の懇願に伊原さんが俺自身から唇を離す。

「壊れるのは嫌か?」

立ち上がり、笑いながら俺を見下ろす伊原さんに俺は頭を振る。

違う

違う


「政貴さん…」

伊原さんを感じながら壊れたい。
俺の中で、脈打つ伊原さんを感じながら、伊原さんに揺さぶられながら壊れたい。

キスを強請るように伊原さんの首に腕を回す。
俺の願いが分かったのか、伊原さんは小さな声で笑うと俺の体を抱き締めてくれた。





















自分の中で他人が脈打つという感覚を俺に覚えさせたのは伊原さんだ。

ベッドの上から、窓は見えない。
雪は見えない。

「あ…っぁ…っ」

伊原さんの手は受け止めきれない快感に逃げそうになる俺の腰をがっちりと掴み、伊原さんの動きに
合わせ、揺さぶる。

「政貴っ…さんっ」

許して欲しいのか、それとも、もっと苦しいほどの快感が欲しいのか、俺には、もう分からない。
ただ、ただ、俺は伊原さんの名前を呼ぶ。

「どうしたい?うん?どうして欲しいんだ?美希」

少し息の乱れた伊原さんの問掛けに俺は閉じていた目を開ける。
目を凝らして見つめた先には支配者の目をした伊原さんがいた。

“どうして欲しいんだ?”

壊して。

「んっ…壊して…っ」


壊れて。
一緒に。

俺は綺麗ではないけれど。

これが“愛”なのかは分からない。
いや、そもそも“愛”が何かは分からない。

それでも…

俺を壊す伊原さんと壊される俺。
それが現実で。
それだけが現実で。

限界が近い俺に伊原さんが低く笑う。

「待ってろ。すぐに行く。一緒に壊れてやる」

伊原さんの言葉に俺は伊原さんに縋り付き、泣く。

俺を壊すのは伊原さんなのに。
壊れた俺の欠片を集めて、俺に戻すのも伊原さんで。
伊原さんに壊されて、新しい俺に生まれ変わる。

その果てしない遣り取りに俺は安心し、その果てしない遣り取りを求める。
伊原さんに抱かれる度に俺は浄化されていく。

雪ほど、綺麗にはなれないけど。

近付く浄化の瞬間に置いていかれないように伊原さんにぎゅっとしがみつく。

「安心しろ。俺も一緒だ」

“一緒だ”

その告白と共に早くなる伊原さんの動きに、目を閉じる。
ぎゅっと閉じた目の瞼の裏に俺は光る雪を見た。






■おわり■