… 精神安定剤 …






「煙草って美味いの?」

テスト勉強と言う理由で訪れた鹿島の部屋は相変わらず高校生の部屋と言うより書斎と
言った感じだった。
その部屋にあるテーブルの俺の向かいで鹿島は慣れたふうに煙を吐き出している。

「美味しくて吸ってるんじゃ無いから」

いつも通りのポーカーフェイス。

「じゃあ、なんで吸ってんの?」

解きかけの問題を放り出して尋ねる俺に鹿島は苦笑する。

「精神安定剤代わりかな」

「精神安定剤?」

常に学年トップの成績、教師にまで一目置かれている生徒会長は俺みたいな一般人には
分からない苦労が有るのだろうか。

「鹿島でも精神不安定になることなんてあるんだ」

へーっと不思議がる俺に眼鏡の奥の瞳が細まる。
俺は鹿島のこの顔が好きだ。
滅多に感情を出さない鹿島が俺だけに見せる笑顔。
こんな鹿島の笑顔は俺だけしか知らないんだと思うと嬉しくなる。

「どうしたんだ、人の顔じっと見て」

本当、いつ見ても男前。
だから、俺は思った事を口に出すことにする。

「俺の彼氏ってかっこいいなって思って。こんな彼氏のいる俺って幸せ者だよね」

笑顔の俺に鹿島は呆れたような照れたような複雑な顔をする。
眼鏡をかけてる鹿島もかっこいいけどキスするには邪魔だ。
だから俺は鹿島の眼鏡を外そうと手を伸ばした。

「いきなりどうした」

俺が何をしようとしているのか分かってるくせにわざと聞く。
でもそういう意地悪なところも好きなんだよね。
自分だってもう、期待してるくせに。

「キスしよ、キスしたい。して」

「その、問題はどうするんだ」

「問題なんてどーでも良いじゃん」

テーブルに体を乗り出してねだる俺に鹿島は溜め息を一つつくとしょうがないなと言った後
軽い触れるだけのキスをくれた。

「これだけ!?」

「十分だろう、それにそれ以上するとキスだけじゃ済まなくなるだろ?」

余裕の微笑み。
こんなんじゃ納得出来ない。

「いいよ、キスだけで済まなくても。ねぇ」

テーブルを周り込み鹿島の胸にもたれ上目使いにねだる。

「その熱心さを勉強に生かせれればいいんだけど」

口では嫌味を言いながらも鹿島の親指は俺の唇を撫でている。

「俺が…」

「うん?」

「煙草の代わりになる。精神不安定になったら俺とキスしよう。俺が精神安定剤になるから」

俺の言葉に鹿島は軽く笑うと俺を優しく押し倒した。

「それは無理だな」

覆い被さる鹿島の目はどこまでも優しい。

「なんで?」

俺はいつだって鹿島の役に立ちたいのに。
少し拗ねて聞く俺の頬に鹿島はキスをすると唇を耳に移動させた。

「…あ…っ」

耳たぶを甘噛みされ自然に声が洩れる。

「精神を安定させるどころかいつも俺をどきどきさせるくせに?」

俺の大好きな鹿島の低い声が耳に心地良い。
言葉で指で体温でいつも鹿島は俺を虜にする。
こんなに好きな相手と体温を分かち合える俺は世界で一番幸せ者かもしれない。

「じゃあ、ずっとどきどきして」

鹿島の背中に腕を回しながら今度は俺が鹿島の耳に囁く。

「馬鹿、俺を殺す気か」

嬉しそうな声とシャツの下から滑り込んできた鹿島の手に脇腹を撫でられ、
これから訪れる快感を期待して俺は目を閉じた。






■おわり■